第5話 魔女狩り出現:覚醒

 楽しい修行の日々が過ぎて行った。

 いつまでもこんな日が続くのではないか。

 俺はそんな事を考えていたのだ。


 エレジアともちょっと距離が近づいてきた気がするし、俺よりちょっとお姉さんだが、こういう可愛い年上の女性は大好きだ。

 もうちょっと距離を詰めて、こう、お付き合いをお願いしたいなあ、などと思っている俺なのだった。


 だがしかし。

 世界は俺を、平和に過ごさせてはくれないのだった。


 運命はいきなり、俺たちの目の前に現れる。


「魔女狩りが出たらしいぜ」


 客が話をしているのを聞いた。


 魔女狩り。

 帝国が組織する特殊部隊で、世界を破壊する存在である魔女を狩るため、特殊な訓練を受けた強力な戦士たちのことだ。

 もちろん、戦闘に関係するスキル……しかもユニークスキルを持っている。


 村にいた頃の俺なら、英雄の話でもされたような気分でいたものだが、今は違った。


「マジか」


 エレジアをつい見てしまった。

 彼女は涼しい顔で、いつものおっさんの接客をしている。

 セクハラしてくるおっさんである。こいつをエレジアは上手くあしらっている。


 だが最近、おっさんの奥さんらしき人がクレームを言いに来ていた。


「あんたのところのウエイトレスが、あたしの亭主に色目を使うのよ! あんな女、クビにしなさい!!」


「うるせえ! エレジアはよく働く自慢の店員だ!!」


 オヤジさんは一喝して追っ払う。

 おっさんの奥さんが、凄い目をしてエレジアを睨んでいた。

 嫌な感じだなあ。


 そしてその嫌な予感は的中する。


 よりによって、おっさんの奥さんは、魔女狩りを町に招き入れてしまったのだ……!


「こっちです! あの女、絶対魔女ですよ!」


「本当か」


 外が騒がしくなっている。

 それは昼日中のこと。


 食堂の扉が開け放たれた。

 そこにいるのは、おっさんの奥さん。

 そして、黒いマントを羽織った男だった。


 マントには、木に吊るされたロープの輪の紋章が象られている。

 これが魔女狩りのマークだ。


 男の腰には、ロープが巻き付けられていた。

 そして左手には鉤爪が握られている。


「魔女……魔女ねえ……。こういう内部告発は、往々にして濡れ衣である場合が多い。だが、極稀に本物であることがある」


 男は店の中に入ってくる。


「なんだ、てめえ!」


 店主のオヤジが厨房から飛び出してきた。


「店主か。おれは魔女狩りのベック。つい先程、この女から魔女がいるという報告を受け、魔女狩りの任務をこなしにやって来た。魔女はそこの女か。大人しく差し出せ」


「なんだと? てめえ、俺が雇ってる自慢のウエイトレスを差し出せとか、頭沸いてやがるのか! 出ていけ!」


 オヤジさんの怒鳴り声が響き渡る。

 だが、魔女狩りベックは涼しい顔だ。


 俺はこいつを見て、背筋が寒くなった。

 なんというか、こいつはヤバい奴だ。


 素人の俺から見て、オヤジさんは強いだろうなあと言うのが分かる。

 戦闘スキルを持っている人間っていうのは、そういうものだ。

 だが、魔女狩りのベックは質が違う。


 強いとかそういうの以前に、異常な感じがする。


「ヤバいぞ、オヤジさん! そいつ、普通じゃない!」


「うるせえ! 新入りは黙ってろ! うちの店員一人守れなくて何が店主だ!」


 オヤジさんの一声で、店の客がやんややんやと沸いた。

 これを、ベックが冷たい目で一瞥する。


「見世物ではない。これは世界を安定させるための仕事なのだ。そこに下らん情などというものは挟むこととはない。邪魔をするな、民間人。命がないぞ」


「うるせえ! 俺は絶対にどかねえ!」


 そう言いながら、オヤジさんはベックの前に立ち塞がった。


「よし、なら俺もここから先は通さねえ!」


 俺も立ちふさがる。

 オヤジさんと俺は、エレジアに目配せした。

 彼女は頷き、裏口から出ていこうとする。


「聖務執行妨害と判断する。お前たちは神敵だ。排除する」


 その瞬間、ベックの雰囲気がガラリと変わった。

 体勢が低くなり、腰のロープに手を伸ばす。


「なんだ、おめえ!! やらせねえぞ!! おらあ!」


 オヤジさんは、ベックに向けて鉄の鍋を振り下ろす。

 なまくらなら、受けようとした瞬間にへし折れるような強烈な一撃だ。


 だがこいつが、途中で止まった。


「なにっ!?」


「排除する!」


 ロープが蛇のように、オヤジさんの手に巻き付いていたのだ。

 そして俺の体にも巻き付いている。


「な、何だこいつは! 動けねえ!」


 俺は焦る。

 だが、さすが元傭兵のオヤジさん。

 束縛するロープを無理やり引きちぎると、ベック目掛けて蹴りを繰り出した。

 惚れ惚れするような見事な蹴りだ。


 その上に、ベックがとん、と乗った。

 なんだそれは!

 冗談だろ。


「そうまでして守ろうとする女なら、魔女かも知れんな。お前はさっさとのけ!」


 ベックのロープが唸る。

 それは一瞬でオヤジさんの全身に巻き付くと、まるで意思があるかのように、一分の隙間もなくぐるぐる巻きにしてしまった。


「ぐおおおお!!」


 オヤジさんが呻く。

 全く動けないようだ。

 しかも、ロープがオヤジさんにぐいぐいと食い込んでいく!


 このままではオヤジさんが危ない!


「真贋判定!」


 ベックが首元から、チェーン付きのメガネを取り出した。

 そして、逃げようとしていたエレジアを見る。


 エレジア、どうして逃げていないんだ!

 俺は焦った。

 そこで気づく。


 いつの間にか、ロープの一本が彼女の足に巻き付いている。

 逃げられないのだ。


「……驚いた。本物の魔女じゃないか」


 ベックの唇に、笑みが浮かんだ。


「でかしたぞ、女」


 おっさんの奥さんは、自分が招いた魔女狩りが、とんでもない騒ぎを起こしていることに、すっかり腰を抜かしていた。


「ひ、ひいい……。あ、あたしゃこんな……こんな気は無かったんだよ……! みんな、みんなあのウエイトレスの女が悪いんだ……!」


 なんだと!?

 ここまで来て責任転嫁するのか!


 ベックは笑いを浮かべながら、俺の横を通り過ぎていく。


「待てよ!」


「黙れ」


「むぐー!」


 俺の口に、ロープが巻き付く。

 うおお、なんだこいつは!

 噛み切れない!


 ベックがロープを展開しながら、ゆっくりとエレジアに迫った。


「我がスキルは拘束。拘束も強まれば、絞殺となる。魔女め、貴様の首をくびり落としてくれよう」


「あはは、こ、これは参ったね……! ファイアボール!」


 エレジアが魔法を使った。

 だが、これはベックが振り回すロープが飲み込み、打ち消してしまう。

 魔法も効かないのか!?


 まずいぞ!

 このままでは、エレジアが危ない!

 動け、なんとかしろ、オービター!


 エレジアを救え!

 オヤジさんも救え!


 何か無いのか、俺には!

 俺には……!

 俺には、ビームがある!!


 俺はベックを睨みつけた。


「もがーっ!!」


「騒々しい。お前も縊り殺して──」


 目線だけをよこしたベック。

 だが、奴の目は見開かれる。


 俺の口から、ビーム化した音が溢れ出し、ロープを切断した。

 さらに、拘束された部分から、ビームが吹き出す。

 全身のロープがばらばらになる。


 いけた。

 俺の冷や汗がビームになった。

 お陰で服はボロボロだ。


 だが、これで戦える。


「……なんだお前。なんだ、そのスキルは。ユニークスキル、意味不明なスキル。不明スキルか」


「俺のスキルは、ビーム! その魔女エレジアは、俺が守る!! 俺はオービター! ビームの力で、魔女を守る男だ!」


「名乗った! 名乗ったな神敵!! そうなれば、神敵なれば魔女と同等! おれはお前を殺すことになる!」


「死ぬのはお前だバーカ!! 客! お前ら全員外に出ろ! 巻き込まれたら死ぬぞ! というか巻き込んだら殺すぞ!!」


 俺の絶叫を聞いて、客が全員真っ青になった。

 誰もが腰を抜かしかけていたのだが、四つん這いになって外に飛び出していく。


 店に残されたのは、俺と、向かい合う魔女狩りベック。


 倒れて白目を向くオヤジさんと、足を縛られているエレジア。


 やってやろうじゃねえか。

 魔女狩り、何するものぞ!



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