第4話 戴冠は、しごく質素に執り行われた。

 戴冠は、しごく質素に執り行われた。

 義妹は、俺の二人目の妻として迎えることになった。

 もとより兄弟で妻と国を分け合う予定であったのだ。俺一人が国を負うなら、妻もまた俺のものとするのが適当であろう。


 元義妹であり二の妻である女は、王妃の座を享受したようである。

 伝聞であるのは、俺は戴冠と同時に、弟と通じた隣国へ遠征に向かったため、城のことを何一つ知らぬからだ。


 隣国を攻め滅ぼし、民を殺し回った。剣を抜くたびに、目の前の人物が父に似ているように見えた。一種の呪いか心の病か、一時は己の頭も疑ったが、次第にこれは祝福であるように思えてきた。

 死してなお自分を苦しめる父を殺すと思えば、何の躊躇もいらぬようになったからだ。

 もっとも、最後は都ごと火をかけたせいで、略奪品も奴隷も十分には程遠い結果となったが。


 だが、凱旋だ。

 焼け跡と道々の田舎から搔き集めてきた戦利品を携え、我が城へ戻った。


 俺を出迎えたのは、一の妻のみであった。あれだけ大勢いた貴族も一人もいない。


「二の妻はどうした」


 荷を下ろす兵士たちの前で、顔を伏せた妻に向かって、俺は不機嫌を隠さず問う。妻はいつもの面白みのない顔で、「反逆いたしました」と答えた。


「反逆だと?」

「父王様を殺したのはあなた様であると、外大臣と共に兵を挙げました。今頃は、嫡男と共に、運び込んだ玉座と王冠を抱え、外大臣の領地に戻った頃でしょう」

「……孕んでいたか」


 出発前にそんな話はなかった。いや、戦場に届く便りにすら。

 本人にも、誰の子なのかさえ分かるまい。

 領地に戻ったのは、この城を制圧するより慣れた地での一戦を選んだだけだろう。あるいは、城さえ渡せば、俺が追ってくることはあるまいと、手を抜くことを選んだか。


 いずれにせよ、隣国との戦は俺の意識を向けさせるための外大臣の策であったらしい。その手の内をよく知っているにもかかわらず出し抜かれたのは――多分、俺がどうでも良かったからだろう。さもなくば、その程度の知恵しかない男だったからだ。

 何もかも、もうどうでも良い。外大臣が戦うというなら相手になるが、そうでなければそれでも良かろう。

 自嘲して城へ入ろうとしたが、妻は俺をとどめるように行く手を塞いだ。


「すぐに戦の準備をなされませ。玉座をあなた様の元へお取り戻しください。今ならばまだ、向こうも十分に準備を整えたとは言えませぬ」

「意外なことだ。お前も、血濡れた玉座には執着があるのか。そこに座る男には興味のない癖に……いや」


 ふと思い出して笑うと、妻の顔をのぞきこんだ。


「お前が執着するのは、玉座に乗せるための子であったか」


 眦をつりあげた妻の手が、即座に俺の頬を張った。

 王子として生まれてより、戦場で剣を交えた経験はあるが、さすがに顔を張られたことはない。驚きで一瞬呆然とした俺を、妻は正面からしっかと見据えた。


「いい加減になさい。誰の玉座、誰の人生だと思うておるのですか。人を殺してまで手に入れた国です。滅茶苦茶にするなら、己の手でなさいませ。なんでもかでも、人が片付けてくれるのを待つおつもりですか?」


 妻の見開かれた眼は、いつかのようにぎらぎらと光っていた。

 人を殺しそうな目をしているのはお前ではないかと、途端に楽しくなった。このような穏やかな女さえ、父を殺せなかった俺よりも優れているように思えて。


「良かろう。兵站を手に入れたら、すぐに外大臣の元へ向かおう」


 答え、そして妻の身体を抱き寄せる。細い肩に力が入ったのが分かったが、俺は構わず手の中に閉じ込めた。


「準備ができるまで、閨の相手をせよ。俺に王としての役割を求めるなら、お前も妻としての責務を果たせ」

「……仰せのままに」


 言葉とは逆さに、その目はいまだ俺を射殺すような光を湛えていた。




 外大臣の予想では、俺が攻めてくるまでにもう少し時間がかかるはずであったらしい。たった一夜城にとどまっただけで、すぐに矛先を変えて追ってくるとは思わなかったようだ。

 いまだ配備も済んでいない領土を、前戦の血に酔ったままの俺の兵はやすやすと踏み荒らした。元は、戦で鳴らした父王の兵である。俺の手柄はどこにもないが、それでも――それも、今は俺の兵だ。


 己の手で父を殺すことはできなかったが、義父を殺すことと息子を殺すことは難なく果たした。血の繋がった息子かどうか分からないが、二の妻の子であれば、息子と呼んでも構わないだろう。


 外大臣の城に籠っていた二の妻は、さぞ恐ろしい思いをしただろう。深い堀を淡々とわたり、死者を踏み越えて城壁を上ってくる我が兵を、毎日眼下に見ねばならぬのだから。

 二の妻の元へ辿り着いた時には、ほとんど狂乱し、俺の足もとに身を投げ出さんばかりであった。父と、隠したはずの息子の居場所を代替に、己が命だけは救ってくれと乞うた。


 俺はそれ以上、二の妻が恐怖を感じずに済むよう、一太刀でその首を刎ねてやった。既に外大臣と息子は、裏口から逃げようとしたところで息の根を止めていた。

 恐ろしく晴れた日の、心地の良い朝のことだった。

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