第3話 計画は、ひどく穴だらけだった。
計画は、ひどく穴だらけだった。なにせ、あの義妹が立てた計画だ。穴だらけで雑で、願望による独りよがりの陳腐な代物。
いや、義妹のことばかり言い募る訳にはいかない。俺自身、いかにしても成功させようなどという気概はなかった。
それでも、義妹づてに外大臣に引き合わされ、外大臣の協力者へと顔つなぎをさせられるうちに、俺の意思と無関係に、穴は塞がれ計画は緻密になっていった。
目的は玉座。そのために、父と弟を殺す。
失敗しても良かった。俺が剣を抜いた瞬間、父がどんな顔をするかが楽しみだった。
ところが、俺の意に反し、完璧すぎる計画は、失敗しようのないところまで進んでいた。義妹は弟の収賄の罪を偽造し私室に仕込む。その間、外大臣一味は内大臣の目を逸らす。
決して許されぬ父殺しの大罪は、弟が負うこととなった。筋書きはこうだ。隣国から賄賂を受けていた弟は、父にそれを指摘され、逆上して父を殺す。偶然その場に居合わせた俺が弟を斃し、そして玉座につく。賄賂を渡し弟を誑かしていた隣国への宣戦布告までがひと塊の計画だ。
準備の間、妙に大人しい俺を父は訝しがったが、結局は呼び出して問いただすことはしなかった。弟は、身体に変調はないかとしつこく尋ねてきた。お優しいことだ。今まさに、陥れられようとしているというのに。
すべて、奴らが手を抜いたせいだ。俺を信じたのか、いや――単に注視しようと思わなかっただけだろう。その無関心に殺されることになるのだと、俺は一人ほくそ笑んだ。
ただ一人、俺の目的を見抜いたのは、それまで沈黙を続けていた俺の妻だ。
「我が君、あなた様は何か危ういことをお考えではありませんか」
あの地味な細い目をうっそりと開いて、俺をまっすぐに見据えて問う。俺は鼻で笑ってその目を見返す。
「危ういこととは何だ? 結婚したからには少し落ち着けと口うるさく言われたのが、今になって効いてきたのだと、お前はそうは思わぬのか」
「いいえ、あなた様の目は、そのような理知を宿してはおりませぬ」
「ひどい言い草だな」
歩み去ろうとする俺の腕を、妻はぬるい手で掴んだ。
「お待ちください。何をお考えかは存じませんが、どうか思いとどまりなさいませ」
いつになく執拗な妻の様子には苛立ちを覚えたが、この女は内大臣の娘だ。俺の様子がおかしいなどと父親に泣きつけば、計画の実行より前に道を遮られてしまう。
成功不成功はどちらでも良いが、ことを為す前にご破算にされるのは癪にさわる。
「我が妻よ、そんなにも俺にすがってくるのは、内大臣に何か吹き込まれたか? 契って子を生すのは女の務め、などと」
かっと妻の頬が赤らみ、細い目が見開かれる。それから数秒のうちにゆったりと元へ戻っていくさまを、俺は面白く見やった。今までに見た妻の顔で、最も魅力あるもののようにさえ感じた。
「いつもそのような顔をしていれば、情けをやらんこともないのだが。跪き、俺に愛を乞え。そうすれば、多少は考えてやらぬでもない」
言葉で嬲ってみたものの、既に妻の顔は平静に戻っていた。色の褪せた唇から漏れるのは、冷ややかな声だけ。
「私の願いによって、あなた様が行いを変えることはありますまい」
「分かっているではないか。お前が泣こうが止めようが、俺はやりたいことをやる。閨のことも、それ以外もだ」
俺の腕を握ったままの妻の手を取る。強く力を入れれば、さすがに女の腕で、妻は痛みに顔をしかめた。
「それとも、実家に泣き戻って内大臣に伝えるか。お前では、愚かな夫を引きとどめるには力不足であった、と」
妻は声も漏らさず、ただ黙って自ら手を引いた。その腕に赤く俺の手の痕がついているのを見て、俺は笑いながら踵を返した。
妻が、そうはしないことが理解できていた。妻は、俺のために用意された駒だ。内大臣ばかりではない。我が父すら俺の暴走とやらを懸念して、手綱をつけようとしている。
手綱に、己が役割を捨てることなど、でき得るはずがない。
計画の日がきた。城の要所は外大臣の手のものが既に抑えている。
俺はただ、玉座の間へまっすぐ向かい、父と弟を手にかけるだけで良かった。本当は、それすらも外大臣がやってくれようとしたのだが、強いて俺は責務と言い張ったのだ。
父の前で剣を抜く。その役を余人に渡すつもりはない。
城はいつになく静かで、既に喪に服しているかのようだった。それが俺の喪なのか、父の喪か、それはどちらでも良い。
玉座の間の取次が、俺を呼ぶ。義妹の手引きで、既に弟は中で父と話をしているはずだった。俺の背後で、外大臣の護衛が三名、はやる気を抑えてか小さな咳をした。
扉が開く。中の二人は、それぞれにくつろいだ様子で剣さえ脇に外してしまっていた。
俺は腰の剣を鞘ごと外しながら、二人に近づく。
「父上、少しご相談したいことが」
弟との話題を断ち切られた父は、俺の真剣な顔つきを見て眉を寄せた。
「何事だ」
「まずは内密のことですが」
玉座へと歩み寄り、耳打ちの振りをして気を逸らせ、そして脇に置かれていた剣を思い切り蹴り飛ばした。
大理石の床に脇机が転がり、鋼鉄が滑っていく激しい音で、父ははっとした顔で腰を上げた。
俺は剣を抜いた。一太刀目が、父の胸元を浅く裂いた。致命傷には程遠いかすり傷。すぐに剣を引き戻し、真上から振り下ろす。父は玉座の後ろに回り、その黄金の背もたれをして俺の刃を避けた。
「父上――あっ……」
間抜けた声が背後からあがる。見れば、弟の胸板を、外大臣の護衛が貫いたところだった。口元から赤い泡を吹きながら、弟の身体がぐらりと揺れる。
父は、声もなくその姿を凝視していた。見開かれた目が濡れたように光った気がしたが、錯覚かもしれない。一瞬の後には、血に塗れて何も見えなくなった。
三度目の正直で振り上げた俺の剣は、玉座の肘に当たって跳ねただけだ。しかし密かに父の背後に回った護衛の剣が、あっさりと父の首を飛ばしていた。
首のない身体がゆっくりと床へ沈んでいくのを、俺は黙って見下ろす。噴き出した血が白い床に染み込んで、えも言われぬ模様を描いていた。
護衛たちが、玉座の脇に立つ俺を見て一斉に膝を突く。
「国王崩御、新国王万歳――」
俺は、誰一人殺せないまま、玉座を簒奪した王となった。
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