第3話:真っ暗なトンネル
菜芽は小学校に入学した。なぜか、母親は入学式にも来なかった。父親もいない。おまけに着ている服はお姉ちゃんのお下がりで周囲の同級生のように華やかな感じの洋服は持ち合わせていない。ただ、離れて住んでいる本当のお父さんが送ってくれたかわいい服はあったが、両親に見つかるとまずいと思ったのか、着てくることが出来なかった。彼女自身もどこか周囲との距離感や周囲の両親から受けている愛情を横目に孤独感を小さい体で感じていた。ただ、ランドセルは本当のお父さんが家族には内緒で送ってくれたため、周囲から冷たい目で見られることは無かったが、どこか辛い小学校生活のスタートだった。
その日、家に帰ると姉たちが「学校はどうだった?楽しかった?」と聞いてきた。菜芽は「楽しかったよ」と何かをオブラートに隠したように詰まった声で答えた。もちろん、初日から辛かったのは言うまでもないが、姉たちは妹をどうすることも出来なかったという罪悪感にさいなまれていた。
そして、部屋に入ると、自分の部屋の床に教科書をぶちまけた。実はクラスメートのほとんどは近隣のこども園から交流があったため、行っていた園が違うのは菜芽と左斜め後ろに座っている双子の男の子だけだった。そんなこともあってか、クラスをまたいでも友達は出来ず、入学式後に早くも不登校になりかけていた。翌日も学校に行ったが、集団登校で同じ班の子供たちは彼女を避けるように歩いて行き、班長の6年生の男の子が最後尾で菜芽の横を歩くことになった。そして、帰りは学童クラブへ預けられ、2番目の姉か3番目の姉が迎えに行っていた。そして、家に帰ると夕飯を食べるが、母親が作ってくれたのは一つも無く、今は父親も一緒に食べることはなくなったため、2番目の姉が作ってくれて食べていた。
彼女が小学校に入学して2ヶ月が経ち、あと少しで初めての夏休みという時だった。その日、姉たちは部活やサークルの話し合いで帰りの時間が遅くなってしまったため、学童に迎えに行ったのは夕日が沈みかけた頃だった。姉が「遅くなってしまってすみません!」と学童に迎えに行ったところ学童の電気は消えていて、中には誰もいなかった。まさかと思い、自宅に向かいながら妹を探した。しかし、妹らしき子供は一人も歩いておらず、自宅に着くと担任の先生らしき人が家の前に立っていた。「菜芽さんのお姉さんですか?私は菜芽さんの担任で友永と申します。お母様はご在宅でしょうか?」と訪ねられた。姉は「いえ。母は仕事で出かけています。どのようなご用件でしょうか?」と聞いた。すると、内容に耳を疑った。それは「菜芽さんの様子が最近おかしいように感じるので何か心当たりが無いかと思ってお伺いしたのですが、心当たりはありますか?」という今まで知らなかった菜芽の事だった。
今まで様子がおかしいことは分からなかったが、どことなく母親との時間が自分たちの頃と同じように取れていなかった事でさみしい思いをしていたのだろう。と姉は思っていた。しかし、その予想は思わぬ形で覆される。ある日の午後、3番目の姉が部屋の掃除をしていると妹の机から一冊のノートに挟まっている白い紙が落ちてきた。その紙を拾い上げると、そこには「なつめはみんながきらいです。だれもたすけてくれません。もう、がっこうにいきたくないです。」と小さな心に秘めた胸の内が書かれていた。すぐに姉を呼びに行った。姉たちは「まさか、なっちゃんいじめを受けているの?」と口をそろえて言った。今まで、学校に行きたくないと言ったことはあってもきちんと準備をして行っていたため、姉たちはなんとも思っていなかった。
そして、玄関からドアを開ける音がしたため、急いで下に行くと、びしょびしょになった姿で外から帰ってきた菜芽が玄関で立っていた。急いで浴室からバスタオルを持ってきて、体に巻き付けてお風呂に向かった。そして、新しい服に着替えて、リビングで話を聞いた。2番目の姉が「なっちゃんこのお手紙何かな?」と聞くと、今にも泣きそうな声で「ママに言わないで。実はいじめられているの」と辛い胸の内を語ってくれた。そして、この手紙の話の意味が分かった。なんと、いじめられていたのか遊んでくれているのか分からなかったため、ずっと黙っていたという。そして、いじめてきたのはクラスのみんなで唯一双子の男の子は助けてくれたが、今度は自分のせいで男の子も巻き込んでしまったようだ。相手はこの地域ではちょっとした問題を起こしていた家庭で育った女の子だった。その子も菜芽と同じように母親はあまり子供に対して愛情を注がず、子供に暴力を振るって何度も児童相談所や警察の介入を受けていた。そんな家庭に生まれ育った彼女がなぜ菜芽にいじめをするようになったのか?理由は単純で、「ママにやられていることをやって良いと思った。だから、いつも静かななっちゃんなら誰にも言わないでくれるとおもったからやったの」というのだ。もちろん、やってはいけないことなのかもしれないが、小学1年生では善悪の判断は親から教えられていない限り、何でもやってしまう。そんな状態なのだろう。今回は相手の親も知らなかったようだが、このことが長期化すると本当に深刻な事態を招くことになり、彼女の精神発達上の問題にも起因してしまう。
止まない雨と見えない愛 NOTTI @masa_notti
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