第11話 ぶるりの経営計画その1~まずは店を手に入れよう part 2~
「どうぞ」
陶器が木目の美しい机に触れ合う音がした。表面のざらついたコップは小豆色に塗られ、白い水玉模様がぷっくりと浮き上がっている。落ち着いたデザインのコップで可愛い。
「いいんですか? 頂いても?」
「ええ、ええ。飲んでください」
テリーヌさんが入れてくれた紅茶を、ぶるりは脇目もふらず飲んでいる。
「美味しいよお。テリーヌさんの紅茶美味しいよお」
「良かったです。あっ、私のことはどうぞテリーヌと呼んでくださいね」
テリーヌさんが微笑むと、日向ぼっこをしている気分になる。年上のぬいぐるみを呼び捨てにするのも気が引けたが、本人の希望ならそう呼ばせてもらおう。
「じゃ、テリーヌ。早い話がこの店をいつ貰えるのかな?」
突然無礼講になったぶるり。急展開過ぎる話しも気になるけど!
「店を貰える? ごめん、話が全く見えないんですけど」
「芹奈には言ってなかったっけ? 僕たちの会社はここになる予定だよー」
ええーそんな重要事項聞いてないよ。普通私に相談するでしょうが。
「ぶーるーりーーい?」
「ごめなさいいぃ」
いつもの可愛く謝る作戦に出たぶるり。何度この手に引っ掛かったことか。でも今回はテリーヌもいるから、許してあげよう。
叱られる恐怖から解放されたぶるりは、いつもの調子を取り戻した。
「んーっとね、テリーヌはもう高齢でお店を続けるのがしんどいんだって。だから、僕たちにここを譲ってくれるの」
店を譲ってくれるなら、それは願ってもないことだ。万歳して喜びたいがテリーヌの気持ちを考えると憚られる。
「テリーヌはいいの? せっかく大事にしてきたお店なのに」
座布団を10枚ほど重ねた所に乗っかっているテリーヌは、「はい」と小さく頷いた。
「私は政府からの助成金を使って店を営んできましたが、なかなかお客さんが来なくてねぇ。呼び込みなんかもしていたんですが、力不足で……。助成金を使い果たす前に、店を手放すことにしたんです」
「そうだったんですか……」
やはり店を経営するのは並大抵ではない。テリーヌのように途中で店を畳むことだって有り得る。
倒産、倒産、倒産、倒産、倒産、倒産、倒産、倒産……。
私の頭の中で「倒産」の文字が大きくなっていく。
「芹奈さん、でしたかね? 心配しなくても大丈夫ですよ」
テリーヌは、のほんとお茶を啜って言った。
「私は1人でしたが、芹奈さんにはぶるりさんがいるじゃありませんか。1人で出来ないことも、2人なら出来ます。きっと大丈夫ですよ。……芹奈さん、ちょっと座布団から降ろして貰えませんかね?」
「あ、うん」
そっと座布団からフローリングへ降ろす。フローリングが冷たいらしく、ぽてっとした体をぶるぶると震わせた。
「ぶるりさん、店は今日お渡しします。私はこれから高速バスに乗って、娘の所へ行かないといけませんから……。あっ! あと1時間でバスが来てしまいます。私はこれで」
ぬいぐるみにも子供がいるんだ。娘ねぇ……にゃもももちシリーズのぬいぐるみかな? というか、1時間もあるんだからそんなに焦らなくてもいいんじゃない? バス停すぐそこだし。
色々とツッコミどころはあるが、慌てた様子のテリーヌを引き留めるわけにはいかない。
「そかぁ。ま、気を付けてねぇ」
「はい。娘の所へ行って、残された人生を楽しもうと思います」
傍らにあった風呂敷を体に巻き付け、テリーヌは店の入り口へ向かっていく。
のそり……。
ピタッ。テリーヌの歩みが止まる。
ん? 動きが止まったけど、忘れ物かな?
のそり……。
動き出した!
のそり……。
のそり……。
遅っっっ!
あれじゃ、定刻より1時間前でも危ういわ。
「ねぇ、芹奈ぁ。気に入ってくれた?」
履いていた深緑のロングスカートを前足で引っ張られ、ぶるりの質問へ意識が向いた。
私は店内をもう一度見回してみた。お洒落で落ち着いた雰囲気のカフェ。このままでも十分使えるところはある。あとは商品を陳列するスペースや、従業員が働くスペースを確保すれば、何とかガス屋としての体裁は整うだろう。正直無理だと思っていたが、ぶるりの行動力には驚かされた。本当に大したものだと思う。私はとびきりの笑顔で答えた。
「勿論!」
アパートに居た頃は実感が湧かなかった。でもここに来てやっと理解した。私達は会社を立ち上げたんだ!
「頑張ろうね。ぶるり」
「うん!」
こうして、私たちは会社を手に入れた。
——のそり……。
「あのぉ、バス停まで抱きましょうか?」
株式会社ぶるり
代表取締役 山本ぶるり
事業内容 ガス事業
資本金 500万円
所在地 月見町5丁目2番地
従業員数 2名
初めまして、ぶるりです~飼い主を泣かせる会社は、葬らせて頂きます~ @bururimakaron
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