小話2 美味しいお正月
「もーいーくつ寝るとー、お正月」
「もうお正月だよぶるり」
私は朝からコタツに入って、ぶるりのために蜜柑を剥いでいた。
「ほら、剥けたよ」
「わぁい! 蜜柑だ!」
コタツから顔だけ突き出したぶるりは、お皿に載せられた蜜柑を器用に食べている。やっぱり元のデザインが犬だからか。手(前足)を使わなくても食べられる感覚が備わっているんだろう。あっという間に食べ終わったぶるりは、「もう一個おくれ」と催促してきた。
「自分で食べなよ。蜜柑ここに置いとくから」
「寒くてコタツから出られないぃ」
さながら巨大カタツムリだ。顔が犬だけど。
「でももうちょっとしたら月見神社へ初詣に行くよ?」
「おみくじは引きたいんだなー。でも寒いのは苦手なんだよねぇ。ぬーん」
そうくると思った。ここでとっておきのカードを切る!
「そこの神社では元旦にお汁粉の無料配布してるんだよねぇー。つきたてふわふわのお餅が入ったお汁粉……美味しいんだよなぁ。まぁ、ぶるりは行かないみたいだから、私だけ行って——」
「芹奈ぁ、早く早くぅ! お汁粉無くなっちゃうよお!」
いつの間にか支度を整えたぶるりが、大慌てで玄関へ駆けていく。さっきまでぶるりの居た場所には、ぽっかりと穴が開いている。ぶるりの抜け殻だ。
「はいはい。今行きますよ」
♢
有名な神社でもない限り、普通は閑散としているのが神社ってものだと思う。それが正月にもなると大勢の人で埋め尽くされる。基本的に1人でいる方が気楽な私でも、混雑した正月が嫌だと思ったことはない。小さい頃からこういうものだと刷り込まれているのか、先祖の遺伝子がそれを受け入れているのか……。多分どちらでもない。きっと風物詩として、人の温かみに触れることができる非日常の世界が好きなのだろう。
「芹奈ぁ、早くお汁粉食べに行こう」
本当に食べ物が好きだなぁ、ぶるりは。さっきから目がお汁粉になってるし。良い匂いが漂う方へ駆けて行こうとするので、慌ててマフラーを引っ掴んだ。
「きゅう」
「こーら、まだ神様に新年のご挨拶してないでしょ。お汁粉はそれからでも食べれるから」
「ぬぅ。仕方ない、挨拶しに行ってやるかっ」
手を洗い、賽銭箱へ5円玉を投げ入れる。
(神様……。昨年は大変お世話になりました。仕事はまだまだ大変なことも多いですが、今年も無事に過ごせるよう見守っていてください)
挨拶を終え、ぶるりの方を見た。何のお願い事をしているのか分からないが、熱心に手を合わせ神様に祈っている。でもぶるりのことだから、きっと食べ物関係のお願いなんだろうな。「今日のご飯にエビフライが出てきますように」とか、多分そんなこと。
お祈りが終わった後はおみくじ。これを引かないで帰る人は、神社での楽しい過ごし方をよく分かっていないと思う。本堂の横に設置されたおみくじ自動販売機に、ピカピカの100円玉を入れる。
——ピンポーン。
「あ、出てきた」
受取口へストンと落ちてきた神様からの手紙。今年はどんな言葉を貰えるのかな?
「おみくじ! おみくじ見せて芹奈ぁ」
腕の中からおみくじを見ようと身を乗り出すぶるり。そんなに乗り出したら落っことしちゃうって。この人混みでぶるりを地面に下ろしたら、年明け早々警察へ捜索願を出さなくてはならなくなる。
「待って待って。ぶるりの分も引くから。結果はせーので見せ合おうね」
「うん!」
どうでも良いが、毎回おみくじを引く音が「ピンポン」なのは何故? 月見神社のおみくじだけなのかな?
——ピンポーン。
ぶるりにおみくじを手渡す。短い前足で頑張って糊を剥がそうと躍起になっている。少し意地悪かもしれないが、おみくじと格闘しているぶるりを眺めた。
「あ、開いたぁ。やったよー! どれどれ……」
ぐぬぅー可愛い! 何気ないことで大はしゃぎするぶるりと巡り合わせてくれた神様、本当にありがとうございます! 心の中にあるもう一つの賽銭箱に1,000円札を投げ込み、悶絶する私。神社の鈴が付いた縄に縋りつき、何度も派手な音をたてて神に感謝を伝え——。と、いかんいかん。まーた私はこうやって自分の世界に入ろうとするんだから。
……よし、そろそろ私も自分のおみくじを見てみよう。
糊付けされた箇所をパリっと捲り、おみくじを開く。どこから読むのかは人それぞれ。ちなみに私は、神様の教えが書かれた部分から読み始めるタイプ。すぐ裏側に結果が書いてあるが、それは後の楽しみにとっておく。まずは神様の有難い教えに耳を傾け、心を綺麗にするのだ。
「えーとなになに……『最後まで心に残った声が生き残る。言うも行動するも、全ては何事にも影響する。周囲からの反発力、その根源は、己にあると心得よ』か……」
今回の教えも実に尊きものであった。心に染み入ったわー。……嘘です全然分かりません。だが、教えを一読するだけで何故か晴れやかな気分になった。仕事は大変だが、また今年一年頑張ろうと思える。
さて今回のおみくじ。結果はいかに。
——中吉。
惜しい、もうちょっとで大吉だったのに。でもまぁ中吉なんだから、内容はそれなりに良いでしょ。
恋愛——他人の言葉を信ぜず自分で考えよ。さすれば道は開かれん。
願事——叶わず。
失物——ものに隠れて出ず。
転居——利益なし。
えーなんでー! 中吉なのに!
ここである項目に目が留まった。
出産——安心せよ。安産。
全然関係ない。しかもまだ彼氏すらいないんですけど。
どうやら私は最低ランクの中吉を引いてしまったらしい。今年一年、神様に見放されていないことを祈りながら、ぶるりの開封結果を待った。
♢
芹奈に引いてもらったおみくじ、僕はやっと開くことが出来た。前足が短いの、どうにかならないかなぁ。工場生産なんだろうけど、僕もうちょっとスラッとしたカッコいい犬のぬいぐるみになりたかったな。
カサリと開いたおみくじ。僕は真っ先に結果を見た。
——大吉。
だ、大吉だぁ! 一番いい奴が出たよう! 願い事の項目はどうかな?
——調う。迷ってはいけません。
神様は僕の事をよく見てるなぁ。僕今日の晩御飯はエビフライか親子丼どっちかでありますようにって祈ったんだよね。他の項目はどうかな?
商売——時は来た。打って出よ。
争事——勝利する。
学問——難なし。
相場——思い切れ。大利を得る。
さ、最高だよう! むふふ。今年は僕の年になりそうだなぁ。でも、一つだけ既に叶ったお願いがあるんだよね。
待人——来る。
「神様……僕に命を吹き込んでくれて、どうもありがとう」
♢
おみくじを見せ合いっこした私達は、ぶるりの待ちに待ったお汁粉を食べるため、列に並んで待っていた。すぐに順番が来て、プラスチックのトレイを受け取る。
「どうぞ。今年も良い年になりますように」
「……ありがとうございます」
昨年は1人で来ていた。数少ない友達は皆都会で就職したため、地元には友達が1人もいない。いや語弊があった。一緒に遊べる友達が1人もいない。「広く浅く」よりも「狭く深く」の方が、私の性に合っている。だから友達と呼べるのは、東京へ働きに出た2人の友人だけ。
近くに出された臨時のベンチに座り、ぶるりと一緒にお汁粉を頂く。
「美味しい……」
隣に座っているぶるりも「美味いいぃ」と言いながら、長いお箸でお汁粉を貪っている。
あれ、なんだろう。なんか目が熱いな。胸もじんわりとしてる。お汁粉で暖まったからかな。
「芹奈ぁ?」
キョトンとして顔を覗き込むぶるりの口元は、お汁粉で茶色く染まっている。大慌てで食べていたもんね、ぶるり。
「ううん、何でもないよ。ぶるり、今日の夜ご飯はエビフライにしようね」
ぱあぁっとぶるりの顔が明るくなった。小さな口元を嬉しそうに綻ばせ、周囲に花を飛ばしている。
「うん!」
そっか。私の友達は2人だけじゃなかったね。
「ふふっ。ぶるり、口にお汁粉付いてるよ。」
ああ。神様。ぶるりと巡り合わせてくれて、本当にありがとう。
ぶるりがはしゃぎながらお汁粉コーナーへ駆けていくのを、私は穏やかな気持ちで見つめていた。
「お汁粉おかわりくださいなっ」
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