第6話 恐怖の役員面接? ぶるりには関係ありませぬ

 2020年12月26日。快晴。気温は7℃。澄み切った空気の中、2階にある仕切りの部屋には重苦しい空気が立ち込めていた。


「えー……それでは、簡単に自己紹介をお願いします」


 白髪頭のオジサンが皺だらけの唇を薄っすら開けた。胸元の名札には「松村部長」と書かれている。右頬にバツ印があるのはなんでかな。なんかの傷かな。


「山本ぶるりといいます。えーっと……好きなものは、蜜柑とスナック菓子です。でも蜜柑が一番好きです。宜しくお願いしまっ」


——ぺこり。


 芹奈に教わった通り、頭を下げる。僕は礼儀があまりなってないみたいだから、丁寧にお辞儀をした。お辞儀が出来るよう後ろ足で立っているけど、体重が増えたせいで姿勢を保つのも一苦労なんだよね。


 ふうー。足がぷるぷるする。芹奈が作ってくれるご飯の食べ過ぎかな。


「あ……ぶ、ぶるりさん……そろそろ頭を上げてください」


 谷岡課長だ。芹奈が言っていた。課長は要注意人物らしい。若干馬鹿にいたような笑みを浮かべている。ひどいよお。僕丁寧に挨拶しただけなのに。


「いくつか質問します」

「どうぞー」




 苦しい。呼吸をするたびに肺がゼイゼイする。肺に水が溜まっているような、そんな感覚。


「こんな時に風邪引くなんて……復帰したらまた怒られちゃう」


 月曜日から体調が悪くて休んでいる。病院で肺炎と診断され、今は家で療養中だ。


「ぶるり大丈夫かなぁ。ちゃんと会社に着いたかな……」


 最近分かったことだが、ぶるりは割としっかりしている。怖がりな面もあるが、理解能力が異様に高い。この間渡したルービックキューブ、ぶるりは僅か5分の間に解いてしまった。初見で、しかもルービックキューブをやったことがないのに5分て。どんだけだよと思ったものだが、ぶるりはパズルなんかそっちのけで、「完成したからご褒美頂戴」と蜜柑をねだっていたっけ。


「ふふっ。もう……ぶるりったら」


 そういえば、会社に入ってから私一度も心から笑ったことなかったな。大学卒業後、親元を離れてこっちに来た。ぶるりと出会うまでは、毎朝お母さんに電話をかけていた。車で通勤する時間が最後の安息だったのだ。でも今は違う。家に帰っても1人じゃない。生活費は前よりかかるし、今月の国保や年金だって私が払わないといけない。でもそれらを払ってでも、ぶるりと一緒にいたい。


「ぶるり……面接で落とされても、またお仕事探せばいいからね……ゴホッゴホッ」




 その日の夕方。帰ってきたぶるりと共に、私は雑炊を食べていた。熱が下がった今のうちに食べておこうという作戦だ。体のだるさ加減からして、また夜中に上がるかもしれないなぁ。木で出来た椀を傾けながら、震える手でスプーンを口に運ぶ。


「……ぶるり、今日の面接どうだった?」

「うん、採用されたよ」

「え!? いきなり?」 

「うん」


 はぐはぐと雑炊を食べるぶるりは、幸せそうにほっぺたを膨らませている。この子が嘘言うわけないしなぁ。


「なんて言われたの?」

「うーんとね……得意な事とか、短所とか聞かれたよ」


いたって普通の質問だ。それなら私も役員面接で聞かれたし。


「他にはなんて?」

「うーん……」


 思い出そうとしているのか、目を瞑ったままご飯を食べている。もぐもぐと口を動かし続けること約1分。はっと目を開けたぶるりに、私は意気込んで訊いた。


「ぶるりっ?」


「えとね……会社に入ったら、何がしたいですかって言われた」


「で、なんて答えたの?」


「『みんなが働きやすい環境を作りたい。もし雇ってもらって成果が出ないならクビでいいです』って言っちゃったあぁ」


 思い出したのか、顔を押さえてぶるぶると震えている。面接行くときはいつも通りだったのに、思い出してから怯えるんだ。可愛いなぁもう。落ち着かせるように、ぶるりの丸くなった背中をさする。


「大丈夫だよ。というか、よく面接でそんなこと言えたね! 偉いよぶるり」


「え、ホント? 僕偉い?」


 耳をピンと立てて、私の顔を覗き込んでいる。


 最初はぶるりのことそんなに好きじゃなかったのに。たった2週間くらいしか経っていないが、ぶるりは私の中で大きな存在となり始めていた。


「うん、凄いよ! それで受かっちゃったんだから。その心意気が認められたってことじゃないかな」


 しっぽを左右にふりふり、ふりふり。ぶるりの感情パロメーターは、今最高潮に達している。


「えへへ。なら良かったぁ! ……安心したらもっとお腹すいてきちゃった。芹奈ぁ、おかわり」


「はいはい。ぶるり、就職おめでとう」




「芹奈ぁ」


「ん?」


「就職祝いおくれ」

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