小話1 初めてのクリスマスは蜜柑ケーキがいいです

 そーっと、そーっと……。震える前足でガラス玉を飾る。赤いガラス玉はベランダから差し込む朝日を受け、輝いている。あ、僕の顔も映ってるなぁ。


「出来た。芹奈ぁー」


 今日は12月25日。クリスマスの日だ。僕クリスマスは初めてなんだよね。ケーキとか食べるのかなぁ。プレゼントも欲しいよお。そわそわ。そわそわ。


「あ! 上手に飾れたねぇ。ぶるり」


 掃除機をかけていた芹奈が頭をなでなでしてくれる。お手々が気持ちいいよお。


「ぬーん……」

「何その声」

「気持ち良いんだぬーん」

「ふふっ。変なの」


 今日は芹奈はお休みなのだ。会社は営業日だけど。


「ぶるりはサンタさんにお願いごとした?」

「ううん、まだ」

「しておいたら? もしかしたら願いが叶うかもしれないよ?」


 芹奈に言われて、僕はちょっと考えてみた。


「うーん、そしたらねぇ、蜜柑ケーキ。あと蜜柑の袋詰め。蜜柑ティー。蜜柑 ジャム。それからポテチ!」


「全部食べ物じゃん。しかもお願い1つじゃないんだ」


「あれもこれも欲しいから、1つになんて決められないよう」


「困ったさんだなぁ。ぶるりは」


 芹奈がクスクス笑う。僕も笑う。


「ちょっと買い物してくるから。お留守番しててね。あ、コタツの火事気を付けといてね」


「ほーい」




 平日だから普段よりも人が少ない。今日はクリスマスだが、朝の時間帯ならまだそこそこ空いている。近くのデパートへやってきた私は、手際よく食材を買い揃えた。


「よし。あとは……あ、ケーキ」


 危ない危ない。忘れるところだった。食材の入ったエコバッグを肩に引っ掛け、1階にあるケーキ売り場のショーケースを確認する。


 あちゃあ。蜜柑ケーキがない。まあそれもそうだ。普通は苺がのったケーキがオーソドックスだけど、蜜柑がメインのケーキなんてあんまり見ないよねぇ。うーん……。


 ぶるりの顔を想像する。


『えー、蜜柑ケーキないのぉ! 僕凄く楽しみにしてたのに。サンタさんにもお願いしたのにぃ……』


 駄目だ。可哀そうだ。なんとかして蜜柑ケーキを手に入れなくては。


「ここが駄目なら向かいのケーキ屋さんに行ってみよう」


 私は一度デパートを出て、道路の向かい側にある小さなケーキ屋を訪ねた。


「すみません。蜜柑ケーキって置いてないですか?」


「蜜柑ケーキですか? あぁ、蜜柑の入ったケーキならありますけど……ほら、ここ」


 店主が指さした先にあるのは、普通の苺ケーキ。断面に蜜柑が入っているのだろうが、それじゃぶるりの願いが叶ったことにならない。


「いや、純粋に蜜柑がメインのケーキがあればと思ったんですが……置いてないですか?」


「うーん、ごめんなさいね。ちょっと置いてないかなぁ」


 ぶるりの願った蜜柑ケーキ。実は私も蜜柑ケーキが食べてみたい。甘い蜜柑のお汁が浸み込んだケーキ。あぁ蜜柑ケーキ。あぁぶるり。


 そうだ! 自分で作ればいいじゃないか! うん名案だそうしよう。思い立ったが吉日と、私はもう一度デパートに戻り、携帯で調べたケーキの材料を購入した。




——トテトテ。トテトテ。


 ぶるりの足音だ。


「お帰りー」


 玄関を開けるとぶるりが出迎えてくれた。一人暮らししていた時は帰っても誰もいなかったのに。今は明るい電気がついて、ぶるりがお迎えに来てくれる。


「洗濯機のボタン押しておいたよー」

「ありがとう……ん!?」


 リビングに行くと、外出前の光景とはすっかり様変わりしていた。


「これは……」


 部屋の隅には色鮮やかな風船が束ねられ、セロハンテープで壁に固定されている。テーブルの中央にはステンドグラスの容器。その中で揺らめく蝋燭の灯。四方の壁にはチラシで輪っかを繋げた飾りが。これは……これは……。


「芹奈ぁ……怒ってる? ぶるぶる」


 怒るわけない。こんな素敵な飾り付け! 首をすくませて震えるぶるりをむぎゅりと抱き上げる。


「ぶるりありがとう! なんだかクリスマスって実感が湧いてきた」


「ほわぁ! 喜んでもらえて嬉しいよお」


 短い前足をばたつかせ、私の肩にぎゅっと掴まるぶるり。コタツで暖められた小さな体はぽかぽか。私の心もぽかぽか。


「ねぇぶるり」


「んー?」


「蜜柑ケーキ作ろっか」




——チャッチャカ、チャッチャカ!


 泡だて器で混ぜ合わせるのはぶるり。うちには電動泡だて器がないので、ぶるりが一生懸命泡立てている。


「ぶるり、やりにくいんじゃない? 代わろうか?」


 小さな鼻が開いたり閉じたりしている。呼吸が苦しそうだ。


「ううん、僕はこっちがやりたいの。……そぉーれ!」


 混ぜる姿は獅子舞みたいだ。そんなに首を振って頑張らなくても泡立つよ。



「今度はこのスポンジケーキに生クリームを塗りまーす」

「ほーい」


 半分にスライスしたケーキに、スプーンでたっぷりと生クリームを塗りつけるぶるり。


「美味いぃー」

「こら、盗み食いしないのっ!」


 生クリームを手ですくってペロペロと舐めている。まぁいいや。私とぶるりの蜜柑ケーキなんだから。


 家にあった蜜柑の皮を剥いで、その上に並べていく。スポンジをのせて、もう一度生クリームを塗って。


「じゃあぶるり、この上に好きなだけ蜜柑置いていいよ」

「好きなだけ!? やったよー!」


 ふんふんと鼻歌を歌いながら蜜柑をのせていく。あ、今度は蜜柑を盗み食いしてる! そんなに食べたら飾り付ける蜜柑がなくなっちゃうでしょ。もう。


「出来たぁ!」


 大量に盛られた蜜柑でケーキが埋め尽くされている。蜜柑づくし。これぞ蜜柑ケーキ。


 目をキラキラさせて、ぶるりが一言。


「じゃ、いただいちゃうねー」


 ぶるりは頭にケーキ皿ごと載せ、駆け足でリビングへ持って行こうとした。


「ちょっと待ったぁ!」


 お皿を持ち上げ、なんとか食い止める。ぶるりは露骨に悲しそうな顔をした。


「あ! 僕の蜜柑ケーキッ!」


「もう、まだお昼過ぎじゃない。これは夜になったら食べるの」


「えー、待ちきれないよう。今食べたいよう」


 ごねるぶるり。ぐっ……可愛い……!


「はぁー……じゃあちょっとだけだよ?」

「うんうん! それでいいよう!」


 この後2人でワンホール頂きましたとさ。

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