恋愛観測

@hiyoko004

第1話


目の前がパッと明るくなった。眩しくて、頭がクラクラする。あの夏の夜のことを私は忘れないだろう。



目覚ましの音で目が覚める。午前11時、カーテンから漏れ出る光を見る限り快晴だ。今日も朝から暑い。

窓を開けても涼しい風は期待できそうにないので、代わりに文明の利器、扇風機の電源を入れる。

スマホを確認すると、奈美から連絡が来ていた。今日出かける件についてだろう。



「おはよー。ちょっと早めに集まって、ご飯でもべない?」


と来ている。了解の有無を返信して顔を洗いに行く。

冷たい水で意識が冴え出した顔がこちらを見返してくる。意識は冴えても顔は浮かない顔だ。昨日あまり寝れなかったからだろう。夜中まで暑いせいもあって、最近はあまり寝付けない。


「なに着ようかな」

今日は夜まで外にいるから薄い上着でも持って行った方が良いだろうか。いや、どうせ夜も冬が恋しくなるほど暑いだろう。結局いつもとさして変わらない服を選んで着る。

奈美との集合時間は16時。時間に余裕があるので、図書館にでも、寄って行こう。少し調べたいものがある。



駅前の図書館は広く一通りの本は置いていそうだ。星座関連の本は2階か。

平日の昼間だからあまり人もいない。座ってゆっくり読めそうだ。

本棚の前に行くと子供向けから、難しそうなものまで沢山ある。どれがどれだか分からないので適当に2、3冊持って近くの椅子に座る。適当に、ページをめくっていると、夏の星座のページに七夕の話が載っていた。




「いつから星、好きなの?」

「う〜ん。いつからだろ。物心ついた頃にはもう好きだったな」

向かいに座る山下空が言う。

「ほら、俺の名前、空だしそうゆう星の元にうまれてきたんだよ」

「山下って苗字は?下見てるじゃん」

「山の下から空を見上げるって意味だろ!」

「こじつけだ」

「いいだろう。その方がなんか楽しい」

ケラケラと笑い皺を寄せて話す。彼が笑うと日向にいるようだ。星や月とは程遠い。この男が静かに空を見上げてる様を想像できない。

詩星しほは星とか見ない?せっかく名前に星が入ってるのに。苗字は天野。俺より天体観測むきの名前だ。」

「全然。知識もないし。天の川くらい?」

「織姫、彦星の話は有名だよな。」

「一年に一回、七夕の日に会えるんでしょ?なんか残酷だよね」

「残酷?一年に一回しか会えないから?」

「会えちゃうのが残酷なの。一生会えません、って言われた方が諦めがつくでしょ。さっさと忘れて次の恋にいける」

「なるほどなー。そうゆう考えもあるか。でも、俺は一生会えないよか、一年に一回でも会えた方がいいな。大好きな人に会うために一年頑張って働く。その方がなんか楽しいだろう」




あの後なんて返事を返したかは覚えていない。

ページには、織姫と彦星の話が詳しく載っていた。仕事ばかりの織姫を心配した父が、彦星と見合いをさせたが、今度は一転して全く働かなくなった。注意しても遊んでばっかりなので、二人を引き離した。離れたら離れたで、悲しみにくれ仕事に手がつかない。だから7月7日だけは会うこと許されたと。

随分極端な話だ。もうちょっと良いやり方もあったろうに。仕事をちゃんとシフト制にするとか、残業時間は週に5時間までとか。やりようはあったはず。

私が織姫だったらどうするかな?熱しやすいものほど、冷めやすいとも言うし、さっさと次の男に行くだろうか?少なくとも1年は待てない自信がある。毎日顔を合わせてもなに考えてるか分からないのに、1年も会わないなんて私は無理だ。相手のことを考えることを疲れて放棄するだろう。

ブブと携帯が震えた、ハッとして見てみれば奈美からだ。集合時間まで5分を切っていた。駅に着いたらしい。本を戻し、急いで駅前に向かう。


途中、手を繋いで仲睦まじく歩くカップルが邪魔で早く歩けなかった。歩く速度が遅くイライラする。急いでいる時に限って、本当に迷惑だ。そう、イライラするのは今私は急いでいるから、それだけ、普段ならこんなにイライラしないはず、きっと。




「ごめん、お待たせ」

オレンジ色のシャツを着た奈美を見つける。青空に映える綺麗な色で、彼女によく似合っている。

奈美とは大学からの友人で、今では一番仲が良い。思ったことをすぐに口に出す性分だが、そこに嫌味がないため、一緒にいて気が楽だ。

「おはよー。そんなに焦って来なくて大丈夫だよ」

「この暑さの中待たせるのは流石に申し訳ないわ」

「日陰にいたし別にいいよ。30分遅れた、とかなら流石にちょっと怒るけどね」

「15分未満のだからセーフ?」

「セーフ、セーフ。でも38度の中待ってたから、喉カラッカラ。早くお店入ろう?」

これは、怒ってないか?



二人で歩き出す。課題をやったり、適当に時間を潰したりで、いつも利用しているファミレスがある。人が少ないからか、長時間いても嫌な顔をしない店員さんがいる、大学生には有難いファミレスだ。

席に着き、それぞれ注文をする。

「にしても、今日詩星も来るとは思わなかったよ。星とか全然興味ないと思ってた。どうゆう心境の変化なわけ?」

「まあ、たまにはこうゆうのも良いかなと思いまして」

「頑固な詩星の心を動かすほどの何かがあったわけだ」

「何かって、別になんもないよ」

「頑固は否定しないのね」

「いいじゃんか、頑固。自分の芯がよれよれの人よりずっと良い」

「たしかに、それは言えてるかも。カッチカッチも良くないとは思うけど」

心境の変化か。別に大した事はなかった。






「なあ、ロマンを観察しに行かない?」

学食に入ろうとしたところで、いきなりそう声をかけられた。ナンパにしてはマニアックな誘い方だ。

「間に合ってます」

「え、てことは詩星も日頃から観察してるのか」

日頃からロマンを観察ってどうゆう趣味なんだ。この男、山下空はいつも突然だ。

「観察って、カップルの後でもつける気?」

「そうゆう表現でもあながち間違いじゃないな」

「あ、でもカップルより新婚夫婦とかのが良いかもね。そっちの方がすぐには別れなさそう」

「すごく可能性に満ち溢れてるから、沢山のドラマがあると思うぞ」

「ドラマかー。昼ドラみたいなドロドロなのは勘弁」

「そこは大丈夫。凄くロマンチックだから」

「で、本題は?」

席に着き定食を突きながら聞く。今日はサバ味噌定食だ。

「ずっと本題のつもりだったんだけど」

「カップル観察ならお断りだけど」

「カップルじゃなくて、星だよ星。天体観測」

「天体観測をカップルの後をつけるって表現するのは、絶対間違ってると思う」

「言ったのはそっちだろ」

「いや、私はそうゆう意味で言ってないから」

「とにかく一緒に天体観測に行きませんか!」

「天体観測かー」

あまり興味はないな。

「詩星の好きな天の川も綺麗に見えるし」

「好きって言った覚えはこれっぽっちもないんだけど」

「織姫、彦星の話があんまり好きじゃないだけで、天の川自体が嫌いなわけじゃないだろう?」

「天の川が好きとも言ってないでしょうが。大体星なんて全然わかんないし、星見るだけって楽しいもんなの?」

「俺はすっごく楽しい。それに、」






「それに、奈美も来るなら良い思い出になるかなって思っただけ」

「えーなに、嬉しこと言ってくれじゃない」

「友情を大事にするタイプなので」

「私は友情より恋を大切にするタイプだけどね」

「この流れで、それを言います?」

「自分に嘘はつけないよね」

「じゃあ、海でも行って存分にイチャイチャしてきてよ」

「海かー。嫌いじゃないけど、日焼けするのが嫌ね」

38度越えで暑いだろうしね

「ま、今日行くのは、山だから」

「山っていっても、大学の敷地内でしょ」

「うちの大学、バスとか車で結構行かないと着かないでしょ?だから、山とたいして変わんないよ」

私は普段山に通学していたのか。どうりで虫刺されが多いわけだ。

「奈美達はどれくらいの頻度で天体観測してるの?」

「空と、村上は週1以上してるかもしれないけど、私は月2回くらいかな。同好会だし本気になってるのはあの二人くらい。私はバイトも忙しいしね」


山下空と村上秀雄は中学からのの同期で、昔からよく二人で星を見に言っていたらしい。夜中に家を抜け出して補導されたとか、されないとか。とにかく、私とは比べ物にならないくらい星が好きみたいだ。私なんて小学校の時プラネタリウムに行ったきりだ。その時も半分くらい寝ていた気がするし。

「てか、私が今日来るのが以外って言ってたけど、私はそもそも奈美が天体観測同好会に入ってるのが以外なんだけど。すぐ辞めると思ってた」

「私をなんだと思ってるのよ」

「バイト大好き、リアリスト」

友情より、恋を優先する。

「ロマンチストでしょう?バイトの合間に、星を愛でてるんだから」

星を見上げるのにロマンチスト検定でもいるのか、最近は。

「結構楽しいよ。たまに、星を見るのもね。ボケーと空を見上げる時間もたまには必要だと思うし」


ふーん、と曖昧な返事をし、その後は特に取り留めない話をした。大学の授業の話とかバイトの話、最近見たドラマの話、等。あっと言う間に3時間ほど経過していた。外も暗くなってきて、私は今日本当に、天体観測をするのか、と変な実感が湧いてきた。

「空が、もう到着するってよ」

いつも、私と奈美はバスで通学しているため、今日は山下空の車に乗せてもらう予定だ。私も奈美も免許を取っていないので、こうゆう時は有難い。



ファミレスを出て、駅前で待っていると見慣れたワンゴン車か近づいて来た。

「ほら、早く乗ってください。出発しますよ」

助手席に村上が乗っていた。

「なんで、運転してないあんたが、そんな偉そうなのよ」

「久しぶりに本格的なドヤ顔を見た気がする」

口々に言いながら、後ろの席に乗り込む。

「空、迎えに来てくれてありがとうね」

ありがとう、と私も言う。

「いや全然、通り道だし、今日は付き合ってもらうしさ」

「また、山下はそうやってカッコつけるんですね。運転席も僕に譲らないし」

「普段軽自動車しか運転してないって言うし、ちょっと心配だろう」

「そうやって女子からモテるつもりでしょう」

「大丈夫だよ村上、あんたは運手しても、しなくてもたいして変わらないから」

「それは褒め言葉として受け取って良いんですかね」

「ご自由に解釈して」


村上則雄は中肉中背で眼鏡をかけた、インテリ雰囲気のやつだ。なぜか誰にでも「です」「ます」をつけて喋る。乗りが良いわけでもなく、変やつではあるが、彼が一人でいるのをあまり見たことがない。村上自身は一人になりたいようだが、誰かしらがちょっかいを出しに行ってるようだ。私も村上のことは嫌いではない。普通に話しかけるし、相談をしたこともあったな。






「ねえ、ちょと相談したい事があるんだけど」

ベンチに座っている村上を見つけ話しかける。相談事のためにわざわざ村上を探していたわけではない。たまたま見かけたので、話しかけてみようぐらいの気持ちだったが、

「僕に相談ですか、仕方ないですね。乗ってあげましょう」

と言うので、せっかくなら話して見ることにした。

「あのさ、今のバイト辞めようかどうか悩んでるんだけど」

「それだけですか」

「うん、それだけ」

「そんなくだらないことで、相談しないでくださいよ。僕も忙しんです」

さっきまで、乗り気だったじゃないか。

「まったくなんですか、最近の若者は。もっと有意義なことに時間を使うべきです」

お前も最近の若者だろうに。

「だいたいね、人に相談しようっと思ってる時点でね、辞めちゃえば良いんですよ。辞めたくなかったら、相談なんてしないです。好きな事だったら辞めないんですよ」

確かにその通りかもしれないと思ったので、代わりに違う相談をする。

「じゃあ、もう一つ」

「今度はまともな相談事なんでしょうね」

「好きって、どうゆう事だと思う?」

「そんな大事な事。僕に相談しないでください」







結局、あの後バイトは辞めた。村上に相談する事もだ。

車に揺られながら運転席にいる山下を見る。

「でも本当、今日は来てくれて嬉しいよ。たまには大人数もいいよな」

「人手が増えても、使えないんじゃ足手まといですけどね」

「俺は皆んないた方が楽しいけどな」

「いつも言ってますが、その口癖辞めて貰えませんかね。そんな曖昧な表現、適切ではないですよ」

確かに、それは同感だ。ややこしい事この上ない。

「アドレナリンの分泌量が増えました。とかのが良い?」

「そっちの方がまだ、真実味がありそうですね」



大学の駐車場についた。周りに建物など視界を遮るものが少ないので、ここでよく天体観測をしているらしい。山下と、村上がテキパキと準備を進める。私は自他共に認める足手まといなので、じっとしている。奈美はというと

「力仕事は専門外」

とのことなので、私同様何もしていない。

しかし、二人共手際が良く、あっという間に準備が終わったらしい。

「これでいいですね。完璧です。」

「詩星もこっち来て座りなよ」

山下が言うので、折り畳みのイスに座る。望遠鏡やカメラ、その他にも私には名前の分からないもが色々準備されていた。

「さあ、皆さん準備はいいですか?明かりを消しますよ」

というと、あたりが真っ暗になった。さっきまでのライトの明かりが残って視界がボヤッとする。暗闇に慣れると周りには本当に何もなく流石、山だなと思った。

「詩星、上見てみなよ」

そう言われ、顔を上げると、

「わぁ、凄い」

そんなありきたりな、テレビだったら放送事故になりそうなくらいの言葉しか出てこなかった。でも、凄く綺麗だった。たったそれだけ、でもそれだけでいいような気がした。


「どうですか、凄いでしょう」

「別にあんたが作ったわけじゃないでしょうが」

「人類が星を観察しようと思わなかったら、こんな感動は味わえなかったんですよ」

「あんたが、最初に星を見ようと思ったわけじゃないでしょうが」

二人の言い合いに口を挟むのも、勿体無くてただ空を見上げていた。

「な、綺麗だろう?これで、七夕の話も少しは好きになった?」

「いや、やっぱり残酷だよ。こんなに綺麗なのに。織姫の流した涙なんでしょう?天の川って」

「よく知ってるなー。話の中だとそうだな。でもこんなに綺麗だから織姫の父ちゃんも許してくれたんだよ。きっと」

「父親なら、娘がこんなにな泣く前に助けるべきだ」

「それは一理あるな。俺だったらちゃんと涙を止めに行くぞ」

「山下が止めに行ったら、天の川見れなくなっちゃうけど、いいの?」

ハハッと隣の山下が笑う。

「ねぇ、あれってどうゆう意味なの?」

「あれ?」

「楽しいってやつ」

「楽しいは楽しいだよ。ワクワク、ドキドキするやつ」

そうゆう事じゃなくて。

「ほら、あの時言った楽しいの事…」

最後まで言おうとしてやめた。山下はいつも沢山使うからどれか分からなくて当然か。でもあの時のは覚えていて欲しかった。






「天の川が好きとも言ってないでしょうが。大体星なんて全然わかんないし、星見るだけって楽しいもんなの?」

「俺はすっごく楽しい。それに」

それに?

「詩星と一緒ならもっと楽しい」






あんな事をさらっと真顔で言うから、勘ぐってしまう。お陰で寝不足だ。

「分かんないなら、別にいいけど」

「ごめん。でもさ俺、今が一番楽しいよ。詩星と一緒に天の川見れてすげー楽しい」

それのことだよ。現行犯逮捕だ。暗くて顔がよく見えないから余計に分からない。なので、また星を見上げる。星の明かりだけだと心許ない。

「詩星の事好きになって良かったわ」

「え」




目の前がパッと明るくなった。眩しくて、頭がクラクラする。




感情表現の比喩ではなく、物理的にだ。

「僕達がいる事、忘れて貰っては困るんですけどね。そうゆうイッチャコラは他所でやってください。他所で」

「初めて村上と意見があった気がするわ。誰も止めないから、良いわよー。イチャイチャして来ても」

村上と奈美がライトを向けている。

「別に今までと変わらないだろう?なあ?」

なあ?まてまて、こっちに振らないでくれ。話が全く噛み合わない。

「普段からこんな感じだろ?俺ら」

「空、あんたどこまで詩星にちゃんと言ったの?」

「どこまでって、一緒に居て楽しいよって」

全員が村上を見ている。恐らく全員違った感情で。

「え、伝わってないの?」

「山下、だらか僕はいつもその口癖をやめた方がいいと言っていたでしょう」

「ここまで天然朗らかキャラを押し通す事はないと思う」

「ちょっと待って、全然話の流れがわからないんだけど」

ぽかーんとした顔でこちらを見返してくる。その顔をしたいのは、こっちだ。

「あ、そうか、そうゆうことか」

山下が真面目な顔になる

「詩星、俺」

俺?

「詩星と一緒にいると、アドレナリンの分泌量が増えます。」




「その表現は絶対に間違ってると思う」

3人の声が綺麗に重なる。




これは、私の睡眠不足はまだまだ続きそうだ。そんな時は空を見上げてみるのも良いかもしれない。その時、隣には誰がいるだろう。


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