第16話 器の傀儡

 白露達は、建物の壁に剥がれ落ちるようにして現れた廊下に入った。

 左右の蝋燭の熱気が4人を照らしながら、嫌な汗をにじませる。


「まさか。町中に結界を作っていたとは……」

「夕焼け通りと似たような仕組みだろうな。神気でも作れるっていうのが、驚きだ」

「わー、空が見えない」


 加夜が上を見上げて呟く。

 つられて白露も見て見れば、上には天井と言うものが無い。ただただ、何処まで続いているか分からない暗闇が広がっているだけだった。


「ちがうよ、天井だよ」

「そっか。でも、天井も無いね」

「そうだねぇ」

「お前ら、もう少し静かにしろ。ここは敵の領域だ」

「「はーい」」


 口元に人差し指を当て、二人そろって静かに返した。

 それから暫し歩き、急に廊下に途切れ目が来た。


「! なんだこりゃ……」


 そこは、四方に巨大な柱の建てられた、修練場のような空間が広がっていた。

 奥には扉があり、幅が20メートルはあるだろうか。それほど広い空間に、3重程の円を囲むような形で、ろうそくのさされた燭台が立ち並んでいた。

 どれもが、そのてっぺんに青白い炎を灯している。


「この火……どれもこれも、妖力が灯っている」


 日加が近くの蝋燭を覗き、口元を抑え、眉を潜め呟いた。


「神気で構成された空間の奥に、妖力の蝋燭群? ……もう、間違いないか」


 白露は鋭い犬歯を見せながら歯を噛みしめる。日加は、その問いに対し言葉なく頷いた。

 そして、日加が立ち上がると、3人に顔を向ける。


「これより、妖魔吸収事件の主犯への、追撃を開始する。全員、油断しないように」

「了解」


 白露を始めに、3人ともが頷き返した。

 その時、奥の扉から重々しい蠢く音が響いた。


「!」


 全員がその扉の方に目を向ける。

 すると、扉は重々しい音を鳴らし続けながら、その戸を左右へと開いていく。

 その隙間から、一人の人間が姿を見せた。


「……」


 その人間は、まるで山伏のような風貌を伴っていた。背には、薙刀と思わしき武器を背負っており、表情は、まるで何も思っていないような、無機質な壮年の顔立ちを伴っていた。

 だが、4人の視線が注目するのはそこではない。その人間の肩に担がれているものであった。

 肩には、着物を着た狸の尻尾と耳が特徴的な女性が担がれていた。

 その女性は、暴れて抵抗する様子もなく、力なく項垂れている。


「なんだ、てめえ……!」


 白露は姿勢を低くとり、拳を構える。3人もまた、身構えて相手を睨む。


「……」


 山伏姿の人間は、広間の中央に4人の魑魅魍魎が居ることに気が付いたのか、その足を止めた。

 そして、少しの無言が続くと。肩に担いでいた女性を、傍らに投げ捨てた。


「なっ!?」


 かはっと、小さな声が女性の口から洩れる。そこから、女性はか細い声を挙げ続けるが、手足を動かす様子は見て取れなかった。

 山伏の人間は背中に担いでいた薙刀を取り出すと、横に振るう。そして、白露達目掛けて駆けこんできた。


「このやろ……! 町の人になんてことしやがるんだ!!」


 白露の声を皮切りに、4人も駆け出し、山伏の人間に立ち向かった。


「てやっ!!」


 白露は姿勢を低くし、瞬発的に跳びかかる。

 白露の全身が一瞬姿を消し、山伏に向かって、風が揺らいだ。

 山伏は薙刀をまっすぐ構えると、それを前に突き出す。


「ふっ!!」


 加速していた白露の眼前に、薙刀の切っ先が迫る。

 しかし、白露は再び姿が見えるほどに減速すると足を前に突き出し、スライディングで滑り、山伏の薙刀を下側を潜る形で躱した。

 そのまま、白露は勢いのままに山伏の足元を横切る。

 手を地に付き、勢いを止めると。山伏の背中目掛けて跳び、回し蹴りを放った。


「てやぁぁああああ!!」


 しかし、その足が山伏に届く前に。山伏が横へ滑るように躱した。


「っ! なにっ!?」


 山伏は横へ滑るのに合わせ、前に突き出した薙刀を滑らかに引く。薙刀は横に傾き、白露が蹴ろうとしてた場所には、薙刀の刃がある形に向けられた。


「斬られっ――! くぅっ!!」


 白露はすかさず、軸として残していた足を曲げ、薙刀の刃を踏みつけた。

 山伏は、その瞬間を逃がさない。今度は、薙刀の柄目掛けて、柄を握ったまま、刃に近い部分を膝蹴りで押し込んだ。

 薙刀に力が籠められ、刃の上に着地していたはずの白露の足の裏に、靴までも破って、刃が突き刺さった。


「ぐっ!!? ぐああぁぁあっ!!」


 白露は薙刀から離れ、足から血が弧を描くように吹き飛んでいく。

 地面に打ち付けられ前に、空中で体を回し、地に着地するが。その着地した足から血が滲み、地面に真っ赤な小池を作った。


「ぐぅっ! まじか、今の速度に追いついたっていうのか、こいつ……!」


 白露をまっすぐ見据え、仁王立ちをする山伏。

 その頭の真横左右に、加昼と加夜が姿を見せた。


「こいつ!」「お兄ちゃんに手を出すな!!」


 そう叫び、加昼と思われる方が鎌を取り出し、加夜は素手で山伏に殴りかかる。

 しかし、その腕が山伏に届く前に、山伏は少し低く姿勢を取ったかと思うと、垂直に真上に跳んだ。

 二人の攻撃が空振り、空中で慌てつつ地面に着地する。


「「うわわっ、わっ!」」

「避けろ! 上だ!!」


 日加の声を聴き、加昼と加夜が上を見上げる。すると、上空から薙刀を構え、二人目掛けて落下してくる山伏が視界の先にはあった。


「「うわっ、わあぁっ!!」」


 二人は慌てて立ち上がろうとするが、間に合わない。


「お前らぁぁああ!!」「二人ともぉおお!!」


 日加と白露が、同時に二人目掛けた跳び込んだ。

 

「「!!」」


 加昼と加夜に触れる直前。白露と日加は互いの目を見て、頷き合う。

 そして、日加は加昼を抱きかかえ、白露は加夜を抱きかかえる。そして、交差するようにお互いに反対側へと滑り、その直後、山伏が二人がそれまで居た場所を串刺しにした。


「日加兄ちゃん!」

「はぁ、はぁ……! 無事か、加昼!」

「う、うん! 怖かったぁ……!!」

「こっちも無事だ! 加夜も大丈夫だ!」

「あ、ありがとう……!」


 互いに無事を確かめ合い。4人とも立ち上がる。

 二人を逃がした山伏は、床から薙刀を抜き取り、白露の方に目を向ける。


「俺か? ……にしても、なんて目をしてるんだ、こいつ……」


 その壮年の男性の顔には、怒りも嘲笑も無かった。

 ただ、与えられたターゲットを追い続けるような、死んだような顔がそこにはあった。


「……まるで、操り人形みたいだ。機敏な動きをこいつがしたって事が信じられないぐらい。理性ってものが、見えてこない……!」

「……貴様……」


 ふと、白露は山伏越しに、くぐもった怒気を孕んだ声を聴いた。


「日加!?」


 その声は、日加のものだった。落ち着き払った声がそこから去り、日加の足音が山伏に向かって行く。


「夕焼け通りの者に手を出した上に、弟達まで……貴様、許せん!」


 そう言って、拳を左右とも強く握り、力強く押忍の構えを取る。


「日加!」

「白露! 貴様も手伝え!! 俺たち鎌鼬3兄弟の連携、こいつに叩き込む!!」


 眉間に皺を寄せつつも、目に光を灯し、日加は山伏へ声を張った。

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