第15話 夕焼け通りに影が差す
「生まれ変わってから、すぐ隊長に拾われたからかな……こんなとこあるなんて、知らなかったわ」
夕焼けが続いている夕焼け通りの道を、白露と日加は並んで歩いていた。
その周りでは、加昼と加夜の二人があちこちの店頭に興味を示しては近寄り、ひょこひょこと戻ってくることを繰り返している。
「そうだったのか。私達3人は、元々この町に住んでいたが……なるほど、それで知らなかったわけか」
こくりと白露は頷く。
ふと、そのとき傍らを着物におかっぱな髪型が特徴的な、座敷童と思わしき子供が後ろへと横切った。
幼い見た目の子が一人で居るのを見たからか、白露はつい心配になって目線でその少女を追ってしまう。後ろでは、真っ白な髪をした大人びた女性が、その座敷童の子を抱き迎えていた。
「……妖魔になってから、こんな光景見れるなんて」
「素敵だろう? 流れ着く末路とか、言う奴は言うが。こんな光景が見れるだけ、私は好きだね」
そう言って、日加は穏やかに微笑んだ。
白露もその優しい笑顔を見て、同じく頷いた。
白露と日加はしばらく通りの道を歩き、それから一つの脇道への入り口で立ち止まった。
「ここだ。先日、ここの道で動けなくなった後者が見つかってな」
白露が覗き込んでみれば、その道は表以上に2,3回建ての木造住居が多く見られ、店の類が殆どない。
「まずはここの捜査から行くが……緊張しているか?」
「いや、むしろ期待でいっぱいなぐらいだ」
「期待?」
日加がその言葉に少し眉を潜めるが、白露の目線は、その暗がりに釘付けになっていた。
静かなその先の光景は。むしろ安らぎを感じられる静けさが漂っているのだが、自分の今の願いがここに隠されているのではという思いが、白露自身を揺さぶっていた。
ごくりと、白露は唾を呑む。
その時、その頬に冷たい水らしいものが触れた。
「うひゃっ!?」
白露は思わず跳ね上がり、しゅっと地面に着地すると、冷たいものが触れた先に構えを取る。そして、その先に立っているのが、加昼か加夜かと分かり、強張った構えが緩まり、あっけに取られた。
「加昼君?」
「えー、僕加夜だよ。はい、お兄ちゃんこれ」
そう言い、加夜は手に持っているジュースを差し出す。白露がきょとんとして日加の方を見て見れば、そちらはそちらで、加昼から同じジュースを渡されていた。
「レモネードだよ。外は寒いから珍しいなーって。買って来たの!」
「俺にまで、買ってきてくれたのか……」
白露は確かめるように喋りつつ、そのジュースを受け取る。表の街の店で売っているような、使い捨てのプラスチックカップに透明感のある水には氷が浮かび、淵にはお洒落にスライスされたレモンが差してある。
「……ありがとう、加夜君、加昼君。凄い嬉しいよ」
白露は二人の顔を見て微笑み笑う。そしてありがたくそのジュースを飲んだ。
少しの湿気のある暖かい空気の町中に対し、冷えたレモンの酸っぱさが、のどごしにとても合っている。飲み干すに連れて、身体の中に籠っていた
「ぷはっ、ふぅ……生き返る」
「お前たち。わざわざお小遣いを私達の為に使わなくてもいいのに……後で、代金は返すからな」
「えー、いいよぉ日加兄ちゃん。僕たちが買いたくて、買ったんだもん」
「うんうん。これからお仕事だもんね」
加昼と加夜が、お互いの顔を見て同時に頷く。
それから、氷も食べるか聞き、飲み終え満足したところで、加夜が二人のコップを回収する。そして、ポケットにしまうような形で、そのコップをしまった。
「……ん?」
コップがポケットに入る。白露はそう認識したが、首を傾げ目を擦る。もう一度見ても、加夜のポケットは、黒スーツの脇に付いた平べったいもので、コップが入るようには見えなかった。
「……まあ、いいか。ありがとう二人とも、おかげで頑張っていける」
そう言って、白露は3人と共に裏通りへと足を踏み入れた。
「改めて、よろしく頼む」
4人は、静かな裏路地を奥へ奥へと進んでいった。
しばらく、両脇に住宅の続く道を進んでいくと、最終的に些細な広さの空間に出た。
四方を木造建築の背で囲まれており、子供が遊ぶにはちょうどいい空き地となっていた。
「行き止まりか。しかし、表だけでもすごかったが、この結界内横幅も広いな」
「元々は、表の泥坂通りと同じぐらいの空間だったと聞く。だが、妖怪が流れ着くにつれて、結界内の妖力も充満し、それ相応に結界自体が、大きく広がっていったそうだ」
「へぇ? 勝手に膨らんでいくんか。そりゃ納得だ」
そう言い、白露は改めてその行き止まりの広間を眺める。
「そして……それだけ広くなるんだったら、犯人もどこか分からんくなるなぁ……」
「たしかにな……」
白露と日加は、揃ってため息をついた。
「だが、ここに犠牲者が居たのは確かだ。何か手がかりがあるかもしれない。まずは探索をしてくれ」
「オッケー。んじゃ、ひとまず手に付けてみますか」
日加の号令に従い、白露に加昼と加夜は広間内を探し始めた。
それぞれが辺りを壁の細かい所を探したり、ひとっとびに建物の屋根に上がってみる。
しかし、白露が屋根の上に登ってみても、遠くまで続く建物群に、遠くの方にぼんやりと山と思わしき影が見えるだけで、怪しげな物はなにも見当たらなかった。
「わーお……。っとと、感嘆としてる場合じゃない。ていっ」
白露が地上へと跳び下り着地して戻る。
立ち上がったところで、加昼と加夜も日加の元へ戻ってきて、首を振った。
「だめー。変わったもの全然ないー」「神隠しだよー」
「そうか……ふーむ……そうか、神隠しか」
日加がポンと手を打つ。
「次は、妖力の痕跡を探してくれ。目に見えないものでも、何かあるかもしれない」
「「「はーい」」」
つい、白露も二人に合わせてはーいと答えを返してしまった。
少し横を向き噴出し笑いをしつつ、白露は手と目に妖力を集中させた。
白露の手と目が、わずかに青白い炎を纏う。そして、白露の視覚上の、周囲の景色がブラックアウトし、輪郭だけが真っ白に浮かび上がる空間へと変貌した。
周囲を見渡し、妖力の痕跡を探す。
「……何も、無い」
実際、そこには何も無かった。
子供たちが遊んだ後らしい痕跡は、あちこちにわずかながらある。しかし、以前戦った白紙賊のような、殺気だった荒々しい妖力の痕跡は、何処にもなかった。
「むう……手がかりも無しか」
「いや。ちょっと待ってくれ」
次の行先を思案する日加に対し、白露は尻尾を一振りして静止する。
「もうちょっとだけ探させてくれ。見落としだってあり得る」
「ふむ……分かった」
日加が頷き返し、妖力を灯した状態で、4人はそれぞれ周囲を探し始めた。
広間の中央から壁まで辺りを見回すが。3人とも首を横に振るう。
「まいったな……。せめて、ちょっとしたきっかけ、次につながる道筋だけでも。知りたい……」
白露はそう言いながら、建物の壁を這うように進み続ける。
「……ん?」
ふと、ブラックアウトした風景の中に、妙な物が入ってきたことに気が付いた。
白露は壁に顔を近づける。それは、真っ白な電気の漏れのような物だった。
「……なんだこれ?」
それは、壁の一部から、漏れ出すようにピリピリと静電気のような弱い雷を放ち続けている。
「? どうした、白露。何かあったか」
「ああ。なんか、よく分かんないものが……」
そう言いつつ、白露はその静電気のようなものに指を近づけた。
指に小さな雷が触れた途端、白露の全身が大きく揺れるような錯覚に陥った。
「っ!?」
白露は思わず態勢を崩し、膝を着きそうになる。
「白露!?」「「お兄ちゃん!?」」
3人が一斉に支えようと動きかけるが。白露がそれを手で静止する。
「いや、大丈夫。すまん、ちょっと眩暈がしただけ……」
白露は首を振り、自分の意識を確かめつつ、自分の手を見る。
見て見ると、その手は酷く振るえていた。
「……この、感覚。覚えている」
ぽつりと、白露が呟く。
「なに?」
「昔。生きてた頃に、似たもんを味わったんだ。首掴まれた途端、そこから変な気みたいのが、身体に走る感じがして……」
白露はそう言いながら、その電流の漏れている所に再び手を触れ、今度は、そこにある
そうしながら、白露の脳裏には。自分を刺したフードを着た人間の姿が思い浮かんでいた。
「神気だ。あの時の人間が使っていたのと、同じ力だ」
白露は摘まんだものを、上から下へと引きはがした。
「! これはっ!」
木造建築の壁が張り紙のように剥がれ、日加は驚きの声を挙げた。
「……手がかりどころか、隠れ家だ」
白露は剥がれ出来た入り口を覗き込む。
その先は、建物の中などではない。狭い通路が奥が見えないほどに続き、蝋燭の灯が続く中、木の壁の廊下には、埋め尽くすように御祓いのお札が貼られていた。
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