第14話 鎌鼬3兄弟

「ふん。急に部隊編成とはね」


 しばらく時間が経ち、白露は部屋にやって来た男に連れられ、ビル内の廊下を歩いていた。

 先頭を歩く一人の男は、真っ黒なスーツに胸を大きく張るような、いわゆる作り物の厳格さ、といった振舞で歩き続けている。


「ああ。どうしてもあんたの所の事件追いたくてさ。……しっかし、それ、背骨とか辛くならん?」

「これはれっきとした作法だ。エージェントとして、誇り高いな」


 ふんと鼻を上げ、むすっとした姿勢を取るスーツの男。その真っ黒なスーツの背広からは、クリーム色の毛並みをした尻尾が伸びているが、それもまた。背筋に沿うようにびしっと態勢を整えた。


「そんな作法聞いたことないが……まあいいや。改めてよろしくな、俺は白露。人狼なんだけれど……あんたは?」

「あいにく、人狼ではないな。私達は……」


 そう言い、スーツの男は足を止める。それに倣って白露も立ち止まると、男は目の前のドアを開け室内に入る。


「! わおっ」

「「あっ、日加にっか兄ちゃん!」」


 開かれた部屋は、白露も使っているようなそれぞれに割り当てられた、魑魅境用の自室だった。

 その部屋の中には、目の前の男と同じ様に真っ黒なスーツに身を纏った、顔のそっくりな少年二人が、同じタイミングで声を挙げた。


「3兄弟なのか」

「ああ。私たちは、鎌鼬かまいたちの後者。日加にっか加昼かひる加夜かやだ」


 短い期間だろうが、よろしく。

 日加は白露に振り返ると、改めて握手の手を差し出す。それに、白露も頷き握手をし返した。




「えー。お兄ちゃん、この間のイタチ達、みーんな倒したの?」

「すごーい! お兄ちゃん強いんだねー!」


 白露はソファーに座り、日加とテーブルを挟んで向かい合う形になったが。話始めて早々、白露の左右それぞれに、加昼と咥夜が座り、見上げるように詰め寄ってくる状態となっていた。


「いや。俺が倒したのはリーダーだけで。あのたくさんのイタチは、殆ど卯未とエリカがやったんだよ。だから、本当にすごいのはあの二人かねぇ」

「えー! でもでも、リーダー倒したの!?」「すごいじゃん! 僕たち3人揃ってやっとだよ? お兄ちゃん凄い!!」

「あはは。だったら、おれがパーっと上手い身のこなし教えるよ。二人の兄貴が表でこう、バーッと引き付けている所に、二人が隙を突けば……きっともっと強くなるぞ~?」

「ほんとー!?」「夜に教えてー!!」


 二人の鎌鼬の少年は、無垢そうな幼さをもって、ソファーの上で跳びはね喜んだ。

 白露もまた、まんざらでもないように頬を人差し指で掻きながら、その後ろで尻尾を揺らしていた。


「こら、人様に詰め寄りすぎだ。お前たち、もう少しはつつしめ」

「「むぐ、はーい」」


 日加の声と共に、ぴょんっと一回跳ね、膝元に手を突く形でお行儀よく、白露の隣に座った。


「弟たちがすまんな」

「いや、別にそんな困ってないし、大丈夫だぞ? むしろ迷惑かけて入らせてもらってんのは、こっちだからさ」

「……そうか」


 日加は落ち着き払った顔もちで、テーブルの上に地図を広げた。


「簡単な情報共有をしておこう。これから向かうのはここだな」


 そう言うと、日加は表の主要道路から外れた、一本にまっすぐと続いた裏通りの道を指した。


「こいつは……泥坂通りどろさかとおりじゃないか」

「そうだ、ここあたりは、魑魅境に属していないような、魑魅魍魎質の住宅街が続いていてな」

「そう……だったっけ?」


 白露は眉を潜め、首を傾げる。


「たしかここの通りは、アメリカ関係の輸入品を取り扱っている店がずらーって並んでいるイメージしかなかったが……」

「? なんだお前、泥坂通りを知らないのか?」


 そう言うと、日加は立ち上がり部屋の入口へと歩き出す。


「せっかくだし、現地で話そうじゃないか。行ってみれば分かる」

「ほんとか? なら、ついてく」


 そう言うと白露も立ち上がり、加昼と咥夜の兄弟も、ひょこひょことその後を追った。






 雪で空気中自体までもが、白くなっている気がする中、白露達は町中を歩いていた。

 白露はいつものトレンチコートを羽織り。鎌鼬の3人は黒スーツで細い尻尾をズボンの中に隠している。


「なんだか、こうして隠していると。未だに自分が生きている気がするな。一見、人間と見た目変わらんって言うか」

「滅多な事を言う者じゃないぞ、お前。魑魅境だけでも、人のふりが難しく、悔やんでいる奴は多い」

「そっか。でも、俺は嬉しいのも事実だしなぁ。言わんだけで、喜んどくよ」


 そう言いながら、多くの人が行きかう主要道路を、4人は歩き続ける。

 そして、大型デパートが未知の先に見えかけたところで、脇道に入り、裏通りへと足を踏み入れた。

 表の活気とは裏腹に、遠くでその喧騒は聞こえながらも、裏通りは昔では時代の最先端、と呼ばれていたであろう、70年代前後の海外店がずらりと並んでいる道が広がっていた。


「ふう、着いた。やっぱり、見ての通りの泥坂通りだが……。どこに、魑魅魍魎達が?」


 白露はきょろきょろと見回すが、わずかながらの人が行きかっているだけで、自分達と同じ様に、変装している魑魅魍魎達は見当たらなかった。


「まあ見てろ。やり方は、単純だ?」


 そう言うと、日加は振り返り自分の手のひらを見せた。


「?」


 白露はなんだろうかとその手のひらを見る。

 すると、日加の手のひらがうっすらと青白い炎を纏い始める。妖力だ。日加の妖力が僅かに手のひらに籠った。

 そして、日加は前へと振り返り、手のひらを通りの入り口に差し出す。


「わぉ!?」


 すると、通りの入り口には、薄い膜が張られているかのように、手のひらを中心に波紋が広がった。

 日加は波紋の広がる、通りの入り口に向かって歩きだす。そして、湖に着水したかのように、全身が膜に入り、あっという間にその姿を消してしまった。


「驚いたな、結界か? こいつは」


 ほえーと声をあげ白露は感心する。そして、加昼と加夜の二人も手に妖力を籠らせるのを見ると、自分も妖力を手に宿す。そのまま、日加と同じ様に通りの入口へと足を踏み入れた。






「おおぉ……!?」


 つい目をつぶってしまった白露は、ゆっくりと目を開ける。

 すると、そこには、夕焼けの終わり直前の鮮烈な赤が空に輝いていた。

 そして、目線を下におろしていくと。元の泥坂通りと違い、更に横幅が広く。左右に古い木造の店頭販売をする店に、何回か建てのアパートが並んでいた。

 例えるなら、昭和の古い町並みが、そこには広がっていた。


「ほら、妖怪もなんも、大体居ただろう?」


 その夕焼けの街に馴染んでいるように、目の前の日加が声を掛けてくる。

 言われて辺りを見回してみると。そこらを行きかっている人々は、古めかしい着物を着ていたり、身体の一部が何かしらの器具に一体化していたり、獣と思わしき身体が見て取れるものなど、様々な魑魅魍魎ばかりであった。


「本当だ。こんなところがあったなんて……」

「ようこそ。この町の魑魅魍魎や、転生者が居つく新しい故郷。へ」


 日加は夕焼けのまま変わらない空を眺めて、感慨深そうに息をつきながらそう言った。

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