第三章:妖魔吸収事件

第13話 白露の懇願

「うーん……むー……」


 夜が明け、帰宅した魑魅境ビルで目を覚ました白露は、起きて早々ぼんやりと屋上へ来ていた。

 屋上入り口の屋根に上ると、ぼんやりと逆立ちをしつつ、海まで広がる街並みを眺めていた。


「なんでああも難いかなぁ……初対面信じられんならまだしも、見ている者が違う?」


 首を傾げると、尻尾もまた、重力のままに首元へと垂れる。

 ふぅとため息をつくと、白露は姿勢をまっすぐにし、大きく背伸びをした。


「どっかのタイミングで、また会いに行くか。なんか納得いかねぇ」


 ぽつりと言い、屋上入り口の屋根から宙返りで屋上に着地し、ビル内部へと戻っていった。




 屋上より数階下へ降りたところで、白露は一室の前で立ち止まった。

 いつになく姿勢をびしっと正し、ごくりと唾を呑みドアを叩く。


「入ってきて大丈夫だよ」


 室内から穏やかな男性の声が聞こえる。

 それを聴くと、白露は尻尾を軽く振って室内へと入った。


「失礼します!」


 室内に入ると、そこには円卓の数名が並び会議が出来るテーブルが、縦に置かれている。

 その奥で、一人の秘書のような見た目をした女性と共に、向かい合って資料を置いて向き合っている、とても大柄な男が居た。


「やあ。数日ぶりだね、白露君」

「いえ、お久しぶりです! 鬼島隊長!!」


 白露は快活に声を挙げ、勢い良くも丁寧に、90度にお辞儀をした。


「あははは。そんなかしこまらなくてもいいよ。全く、本当に元気なんだから」


 そう言って微笑む男は。赤交じりの肌が特徴的な、鬼の後者である魑魅境のリーダー、鬼島だった。


「すまないね、浮絵君。少しだけ彼と話をさせてくれ」

「ええ、大丈夫ですよ」


 向かいに座っていうる浮絵と呼ばれた女性が、こくりと頷く。


「それで、どうしたのかな? この時間はだいたい訓練していると思ったが……」

「それが、それがなんですよ! 隊長!!」


 質問が許されると、白露は駆け足で部屋の中を入り、鬼島の顔の一歩手前にまで顔を詰め寄った。


「うわっ」


 間近にまで迫った白露に対し、鬼島はらしくな変な声が出た。


「ものすごい急な事で、重大なお願いなんです!! 妖魔吸収事件ってのに、配属させてください!!」


 白露はねこだましをしたのかとばかり近い距離で、パンっと手を合わせると、鬼島に祈るようにお願いした。


「……配属、っていうのなら構わないけれど……どこでその案件、聞いたんだい?」


 鬼島はこくりと頷きつつも、少し首を傾げた。




「それで……。卯未に聞いたら、似たようなことを、痕跡回収班の築炉が探してたって教えてくれて。その築炉に、教えてもらいました」

「ふむ……なるほどねぇ……」


 一通りの道筋を語ったところで、鬼島が頷いた。


「そうか……。築炉君が、そこまで示したと」

「はい。あいつが教えてくれたその首飾りは……どうしても、俺が探してたアーティファクトと、重なってしまうんです」


 白露の手には、いつの間にか握りこぶしが握られ、胸元までその腕が上がってしまっていた。


「もしかすると。今回こそ、妹が掴まっているそれに、会えるかもしれないんす。どうか、俺自身の目で、それを見れるよう、チャンスを!!」

「…………」


 鬼島は、少し息をつき思案した。それから、ほつほつと口を開く。


「……君の実力なら、この案件に携わったとしても、申し分ない戦いは出来るだろう。この2年、先日の分も含め、確かな実績を見せてくれた」

「だったら……!」


 声が明るくなり耳を立てる白露だが、鬼島が待ったとその大きな手のひらを見せた。


「少し待ってくれ。この事は、君とかつてした約束でもある。その現場に、君が行きたいと言うなら、行かせてあげたい」

「……」

「だが、一つだけ気になる事がある……。妹の魂をぶら下げた敵が、目の前に居るとして、ちゃんと他のメンバーと連携を取ってくれるか? 状況に応じて、進行も後退も、どちらとも取ってくれるか?」

「っ!!」


 鬼島の真っすぐな瞳を見て、白露は思わず、びくっと硬直し、唾を呑んだ。


「君は、本当に妹思いで、人情に厚い。だが、それゆえに、君は誰かが何かを奪われた、という場面で激昂する性質がある」


 その言葉に、白露はぎくりとしてしまった。

 だが、固まり、動けなくなりかけていた体に、落ち着けと意識を向ける。肩に足、尻尾に耳、強張ったものを一つ一つ緩ませる事を念じると、白露は口を開いた。


「……確かにその通りです。先日も、妖怪イタチを殺した消炭を見て、俺は怒りました」


 しかしと、白露は首を振るう。


「ですが、自覚できてれば、話は別です。今、ここで誓います。妹の首飾りが、敵の首元に見えたとしても。チームワークを優先して、任務に努め戦うと」


 白露はそう言い、再び頭を下げる。


「ですから、俺に戦わせてください! 任務として、場を乱さず努めます!! ですから、妹の元に行かせてください!!」


 部屋の中にその叫びが響き、少しして静寂が戻った。


「…………分かった」

「!」

「君を、妖魔吸収事件の任務に配属する。私は君を信じよう」

「! ……ありがとうございます!!」


 白露はびしっと敬礼を取った。


「それでは、指揮を執っている者に君の事を伝えよう。向こうから、君に会いに行く。それまで、待機していてくれ」

「了解です!!」


 そう言うと、白露は部屋を去ろうと歩き始める。


「……あっ、ちょっと待ってください!」


 その途中で、ふと思い出したように振り返ると、白露は鬼島に声を掛けた。


「? どうしたのかな?」

「一つ気になったのですが、築炉ってどんな奴なんですか」

「築炉君?」

「はい。あいつ、俺と同じことを探してて……俺と同じように、姉まで失ったって」


 白露は、少し顔に影を落とし、探るように声を出す。


「一緒に探そうって言っても、断られちゃって……こんなに探しているのに」

「……そう、だね……」


 鬼島は、そう言うと腕を組み、部屋の奥の窓に顔を向けた。


「……妖魔吸収事件の主犯が、首飾りを付けているというのは、私達は把握していなかった。彼女の独自捜査だろうね」

「!」

「彼女の執念は、本物だ。……けれど、彼女自身、未だに着地点を見つけられていないんだ」

「着地点……?」

「どう、言えば良いのかな……。君だって、自分の未練の事は、自分から言う以外には、勝手に言われたくないだろう? だから、私も勝手に彼女の昔話を、言えない」

「そう……ですか」

「ただ……」


 そう言って、鬼島は白露に再び顔を向ける。


「もう、取り返せないって確定してしまった時。本人もその周りの人も、どう接すればいいか掴めないものなんだ。……君も、彼女の事を気にかけてやってくれ」


 寂しさと申し訳なさの入り混じった顔で、鬼島は白露にそう言った。

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