第12話 灯の跡の灰
「アーティファクトを意識して事件を追っても駄目よ」
再び向かい合って話始めると、築炉はまずそう口を開いた。
「そうなのか?」
「ええ。貴方が追っているものと、私が追っているものが同じならな話だけれど。奴らは、アーティファクトを隠している」
築炉はそう言うと口から灰色の息を床に向かって吹く。そして、手首を軽く捻ると、地面の埃を分解してできた灰が、築炉の思うままに揺れ動き、地面に文字を作った。
『魂泉の器』地面にはそう書かれていた。
「こん…こんせんか?」
「そう。
「泉に器って、注がれそうなものが二つ並んで、紛らわしいな」
「ふぅ。私は本人達のセンスを知らないもの。会って聞けば?」
白露はこくりと頷く。そのまま、じっと地面に書かれた文字を見つめながら、ぽつりと口を開いた。
「それで。こいつらは、どんな魑魅魍魎で構成された組織なんだ」
その問いに、築炉はまたもふぅと小さなため息をついた。
「……魑魅魍魎の仕業じゃないわ」
「え?」
「彼らは人間よ。魂泉の器は、人間によるグループなのよ」
「……まじか」
白露は小さく声を漏らした。
確かに、白露が鬼島から聞いていた話では、あの日見つかった死体は、みんな人間の死体だったそうだ。
だが、その当時の人間達も全員死亡。やっと見つけられた所有の行方先も、また人間だというのだから、気が沈んだ。
「……相手が人間だって事が、嫌?」
「……種族がなんだろうが、関係ない。妹を奪い、今も利用している奴であることに、変わりは無い」
「そうね。人だろうが妖怪だろうが、結局変わらない」
そう言いながら話を続ける。
「最近、魑魅境の追っている任務の中には、町中に潜んで暮らしている妖魔達が、その妖力を抜かれる事件があるのよ」
築炉はそう言いながら立ち上がると、床に書かれた灰の文字を踏み潰し、白露の首にそって細い手を付けた。
白露は少し眉を潜め仰け反るが、首に手が付くのを許し、築炉の顔を見続ける。
「吸われた人たちは、真っ黒な雨合羽を着た人に、こうやって首を持たれて、スーって吸われたんですって」
そして、築炉は手を離し、横の窓明かりを眺める。
「犠牲者は、未だあちこちでリハビリ中。でも、いくら療養しても、そもそも直るべきスタミナとでもいうかしら。それがそもそも無いように、何時まで経っても良くならないんですって」
「!!」
その犠牲者の話を聞き、白露は妹である時雨の症状を思い出した。時雨はずっとベッドに寝て治療しているにも関わらず、どれだけ手を尽くしても、目を開けることが無いとはっきり分かっていた。
時雨のその姿と、言葉でしか聞いていない犠牲者たちの姿のありようが、どうしても重なってしまい、白露は背筋が強張ってしまった。
「……俺の妹と、似てる」
「そう? ……あはは、人間が妖怪の力を吸って、自分の力に出来ると思う?」
「どうだろうな。退魔術とか、そんなの俺は詳しくねえから分からん。だが、普通出来るとは思えねえな」
「ふふ、でしょう? そこが肝心なのよ。なんで人間がそんな事を出来るのか」
既に潤いなんて無くしたような、乾いた笑いを築炉は見せる。そして、手首自分側に向けると、地面に散らばっていた灰を宙に浮かび上がらせ、自分の手の内に吸い込んでいった。
「……そんな事が出来るのは、一人だけ。魂泉の器のリーダー格の男」
築炉はそう言いながら、顔を少しだけ上げると細く不健康そうな首を指さす。
「その男の首には、真っ赤な宝石の着いた、首飾りがあるんですって」
「! 宝石? ……それは、本当に赤い宝石なのか!?」
赤い宝石と聞いた途端、白露は立ち上がった。
「……妹さんを吸ったのも、赤い宝石だったかしら?」
「……そうだ」
白露は、険しい顔つきのまま、ゆっくりと縦に首を振った。
「……お気の毒に」
築炉は少し下を俯き、寂しさと同情を要り交ぜた声を漏らした。
「……『妖魔吸収事件』って題されている事件を追いなさい。その捜査を追っていれば、きっとお目当ての男に会えるわ」
「妖魔吸収事件だな……分かった」
そう答える白露に対し、築炉も小さく頷き返した。
「……さ、私もお仕事終わり。先に帰らせてもらうわ」
築炉はそう言うと、両手の手首を下から上へ、舞い上がらせるような仕草を取った。
それに合わせ、部屋全体の床から、灰が舞い上がった。
「! いつの間に」
「長い話そうだったもの。休みの時間が減るなんて、嫌なのよ」
浮かび上がった灰は、築炉に集結していく。そして、築炉を中心に竜巻のように包み込むと、部屋全体に風が吹き荒れ始めた。
白露は思わず顔を腕で覆う。
しかし、築炉がそのまま消えてしまう前に、白露は腕を払い顔を上げると、築炉に声を掛けた。
「ちょっと待ってくれ!」
「……なにかしら?」
築炉は、渦の隙間から白露を見る。
「今日は、本当に教えてくれてありがとう。凄く感謝してる! だが……築炉、おまえも姉をそのアーティファクトで失ってるんだろう!?」
白露は自分の胸をドンっと手のひらを当てる。
「なら、俺と同じじゃないか! ここまで調べたんなら、おまえもこの事件を追うんだろう? だったら、一緒にコンセンだか言う、そいつらを追おうじゃないか!!」
「!」
「一緒に戦えば、お互い失ったもん取り戻せるだろう!」
風は吹き荒れつつ、しばし、お互いの目線が互いを見合い続けた。
そして、築炉が少しだけ、柔らかい笑みを浮かべた。
「……そうね。そんな誘いをしてくれたのは、お前が初めてだろうな。案外優しいんだな、お前」
「だったら……」
でも。と、築炉が言葉を止めた。
「それでも、一緒にはごめんさせてもらうわ。私と貴方は、目指しているものが違うわ」
「……え?」
風が強くなり、築炉が渦の中に姿を消す。
「妹さん、取り戻せると良いわね。妹さんをずっと探せれてる貴方が、羨ましいわ」
その一言を最後に、灰の渦は霧散し、築炉の姿と風が消え去った。
「……羨ましい、って……」
ただ、妖気が籠った異物が一切無くなった部屋で、白露は築炉が消えた空間を呆然と眺めていた。
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