第11話 痕跡回収班の築炉
白露は静かな部屋の中を歩いていく。
建設途中といえ、現在居る階層の話で言えば、もう基本的な造りはできており、しっかりとした暗さがそこにはあった。
「考えられるとしたら……。特に妖怪イタチ共が暴れてた上の階層かねぇ」
少し思案した結果、白露は上の階へと昇る。
「……ん」
すると、階段を上り終える寸前程で、白露は変な音を耳にした。
それは、何かが氷結するようなピシピシとした微細な音。しかし、その次に続くのは、砂が零れ落ちるような、柔らかくも細かい音だった。
何かが居る。そう認識した白露は姿勢を低くし、足音に注意しながらその階に足を踏み入れた。
暗い廊下。そして、無数に並ぶ扉。白露は音のする扉の前に忍び寄ると、そっとドアを開けた。
「……!」
扉を開けた先は、本来なら数十のデスクが並ぶような、広いオフィスであった。
その中央に、一人の女性が立っていた。
女性は、肩をはだけさせた暗い灰色の着物を着ており、肩には、灰色の渦巻き雲らしき模様が浮かび上がっている。
そして、それを補うように、寂し気で大人びた横顔と、夜の月によって照らされた、淡い紺色の空のような色の長髪が特徴的だった。
間違いない。それは、探していた痕跡回収班の、
「……」
築炉は眼前に散らばる、妖怪イタチ達が捨てていったゴミを見下ろす。食い散らかしたゴミ、へしまがった鉄パイプ等々。白露が自らの目に妖力を灯し見て見れば、そのどれもが妖怪イタチの妖力の残滓を残していた。
その内の一つを築炉は手に掬い上げる。両手の上に乗った残滓を静かに見据えると、そこへふぅっと息を吐いた。
築炉の口からは、真っ白な息ではない。灰色の息が出た。それは手のひらに乗った残滓を包み込むと、次の瞬間、残滓を端から、ピシピシと音を立てて灰色に変えてしまった。
「うおっ!」
白露は思わず小さな声を上げる。築炉の手の上の物は、全部が灰色に変わり終えると、その直後全てが砂になって崩れ落ちた。
「っ!!」
築炉は、白露の漏らした声を逃がさなかった。築炉は即座に、白露が覗き見をしている扉方向に
「消えたっ!?」
白露が立ち上がり部屋の中に入る。その直後、前方から突風が吹き、何かが白露の頬を横切った。
「ぐあっ! ……はっはー」
「動かないで」
白露は軽く笑いつつ、ゆっくりと手を上に上げる。
その背後には、いつの間にか築炉が立っている。口元に人差し指と中指を添え、白露に構えを取っていた。
「すっげえなあんた。触れた息で妖力さえも分解するなんて、なんて妖怪だ?」
「答える気は無いわ。答えなさい、どこの者?」
「……おいおい、身内ぐらい見分けてくれんと、困るって、の!」
声と同時に、白露は後ろに振り返りながら姿勢を低くしゃがんだ。
「貴様!」
それに応じて、築炉は口の隙間から細めた灰色の吐息を吹いた。
白露は振り向きざまに自分のトレンチコートを脱ぎ、それを築炉に目掛けて振るう。灰色の吐息はトレンチコートに振りかかると、トレンチコートを灰色に変色させつつ、横へと吹き飛ばされてしまった。
灰色の煙の隙間から現れた築炉の表情は、口を固く閉じつつも、目を開け驚いていた。
その瞬間をすかさず、白露は写真を築炉目掛けて投げる。築炉は残していたもう片手で、自分の胸元に迫るその写真を掴み取った。
「! この間の……?」
「ふぅっ。おうよ、俺とあんた、同じ魑魅境だ」
白露は築炉がこれ以上攻撃してこないことを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。そして、横の方で灰色になって、それから砂になって消えていくトレンチコートを見て、分かりやすくため息をついた。
「はーっ、同胞脅すとは、びっくりもんだわ」
「む……貴方こそ、説明するならわざわざ反抗する必要もなかっただろ」
「あははっ」
白露は少し上を見て、歯を見せ笑う。
「なんか一本取られて進むのも、悔しくてさ?」
「……嫌な奴」
築炉は肩をすくめて、うんざり気に息をついた。
「しっかしまぁ。さっきのは驚いたぜ。 いったい、何の妖怪なんだ?」
白露と築炉は、部屋の片隅に残っていた資材入りの木箱を部屋の中央に持ってきて、向かい合って腰かけていた。
「長い話にしないで欲しいんだが。私は
「精霊風? なんだか、全然知らない妖怪だな……」
「わりと遠くの方のよ。私も、この姿に生まれ変わってから知ったぐらい。転生させてくれるナニカさんは、知ってるかどうかなんてどうでもいいみたいね」
そう言いつつ、築炉は横にため息をつく。口から出た灰色の煙は、部屋に広がると、地面に残っていた物を見な灰に変え、そして砂へとかえした。
「……それで? 表でヒーロー誇って頑張ってるお人が、何しに来たのかしら?」
ぎらりと睨む築炉に、白露は少し眉を潜める。しかし、少し首を振るうと口を開く。
「築炉っていうんだよな。あんた、魂を吸うアーティファクトを探しているんだよな」
「!!」
その言葉を聞いた途端、築炉の呼吸が乱れ、煙が荒く揺れた。
「……誰から聞いたのかしら。何か知ってるの?」
「いや、むしろあんたに情報を聞きに来たって感じだ」
「……そう」
築炉は少し肩に力を入れ、熱を込めて白露を見ていたが。すぐに力を抜き、目線を逸らした。
「あいにく、知っている事なんて殆ど無いわ。だから、聞きまわってるぐらいよ」
「その殆どを教えてくれ。俺には、そいつが必要だ」
「しつこいわね。なんで初対面のあんたに話さないといけないのよ」
築炉はゆっくりと立ち上がり、木箱を持って部屋の隅に戻し始める。
「さ、帰って。自分の事で手一杯なのに、知らない奴の面倒なんて見てらんない」
「待ってくれ、頼む!」
白露も立ちあがり、築炉の背に向かって声を上げる。
「妹が、そのアーティファクトで魂を取られちまったんだ!! ずっと……ずっと手がかりを探して、やっとあんたを見つけたんだ!!」
「! ……」
「何か知ってるなら、教えてくれ。この通りだ!!」
そう言い、白露は姿勢を低く、頭を下げた。
暫しの静寂。それが少し続いた。
その沈黙を最初に破ったのは、振り返った築炉だった。
「……それは、気の毒ね」
築炉は窓から入ってくる月明かりから目を背けるように、横を向き続ける。
「私も、似たようなものよ。ずっと昔……その宝石の為に、姉を失ったわ」
「なっ……!」
白露は顔を上げる。
視界に入って来た築炉の表情は、冷静で冷めたようなそれであったが。どこか、今にも泣きだしそうなほどに、目元を小さく振るわせていた。
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