第6話 奪われるという哀
それから目を開けると、動かなくなった消炭の首元に、微かにきらめきがあるのを目にした。
その光を目にすると、白露は口を閉じて息を呑む。
静かに白露の元へと歩み寄り、その首輪を消炭からはぎ取った。
「……時雨……」
白露は窓側の方へと少し歩き、外の明かりに首輪を照らしながら、ポツリと声を出す。
「居るか……? 時雨。この首輪に居るか……? 時雨……?」
落ち着きながらも、白露は縋るように首輪に声を掛ける。
しかし、そうであって欲しいと願う白露の声に反し、アーティファクトと呼ばれていたその首輪は、意思を思わせるような反応は何一つとして返ってこない。
少し呼吸を整え、白露は自分の中にある、あまり使い勝手の上手くない妖力を首輪に流してみる。しかし、それさえも反発するような意思が返ってこず、首輪の中に流れるエネルギーは油の良く聞いたレバーのように、すんなりと白露の思うがままに動いた。
「……誰も、居ない。この首飾りでもないのか……。」
白露は首輪を降ろし、項垂れる。
「時雨、ここにも居ないのか……」
陽気に茶らけた声を出し続けていた白露は、その時だけは小さく寂しそうな声を絞るように出した。
首輪を持ったその手もまた、小さく振るえていた。
「……う、ううぅ…?」
「!」
ふと、窓の手前でうめき声が聞こえた。
白露はハッとしたように首を振るうと、顔を上げる。その視線の先に、頭を抑えながらゆっくりと起き上がる妖怪イタチの姿があった。
「なんだ、急にズキッて来て、何があったんだか……あっ!?」
妖怪イタチは首輪を手にして、目の前に立ち尽くす白露を目にして、声を裏返した。
「おまえ! なな、なんだてめえ! 総長はどど、どうしたんだこんにゃろう!!」
「うおっ、と。とにかく落ち着け。もう全部終わったんだよ。ちょっとお縄についてもらうけれど…もう終わったんだ、これ以上手を出す気も無い」
白露は起きて早々取り乱す妖怪イタチに怯みながらも、なだめようと手の平を少し下げるジェスチャーでなだめようとする。
どうすれば落ち着いてくれるだろうかと眉を潜める白露だが、その時、地響きを感じた。
「ん? ……! うおっと!?」
白露は横へぴょんと避ける。
自分が居た場所を、後ろから、言葉になっているかも分からない叫び声をあげて消炭が突進してきた。白目を剥き、意識があるかも分からないようなままで、バランスと言うのも感じられない。白露が避けてすぐに足をもつれさせ、かすれた声のままに前へ倒れ込む。
「ひっ! うあぁっ!!」
「なっ!?」
悲鳴が微かに聞こえ、白露が窓の方を見ると、倒れ、勢いに任せ滑る消炭の先には、起き上がったばかりの妖怪イタチが居た。
その妖怪イタチは、消炭の巨体に突き飛ばされると、割れた窓ガラスから外へと放り出されてしまった。
「うあああぁぁあああああ!!!」
「まずいっ!!」
白露は首輪を傍らに投げ捨てると、窓へ向かって走り、そのまま窓から飛び降りた。
周囲に振る雪が、背後へと高速に去っていき始める。白露は頭を真下に向け、ビルの側面を蹴って走り、落ちていく妖怪イタチにたどり着く。
妖怪イタチに手が届き片腕で抱くと、辺りにせわしなく目を向ける。
すると白露の真横に、ビルの建築途中で最上階から伸びているクレーンのワイヤーが目に入った。
「っくおおぉおおおおおおおお!!」
白露はワイヤを残った手で掴み、ガクンとワイヤーに引っ張られ姿勢が真っすぐを向いた直後、慣性のままワイヤーを滑った。
止まらない勢いで滑る手のひらは、焼けるような匂いと擦れる音が溢れ、それから手の平には血が吹き上へ向かって跳んでいった。
「がっ!ぐうぅぅっあああああああああ!!」
ワイヤーは滑りに滑って、ようやくその勢いは収まる。白露と、その脇に抱えられた妖怪イタチは、ビルの側面で、足を宙ぶらりにしたまま無事静止した。
「はぁっ、はぁっ……! た、助かった?」
「うう、あー……助けたんだよ、いっ、つ、くうぅ……」
白露は悪態をつきながら妖怪イタチに向けて笑って見せる。しかし、ワイヤーを掴んだ手は、手のひらの皮膚が上に向かって伸び、握ったところからは絶えず血が滲んで、白露のジャケットの裾の中に流れ続けていた。
「……お、おい……」
「あー、なんだ?」
「お、お前。攻めて来た魑魅境の連中だよな。一人で、総長まで潰した」
「そうだよ。寝て起きて驚いたか」
「違う! なんで助けた! なんで血みどろにしてまで、お、おれを助けようとした!!」
妖怪イタチは、顔を半ば青ざめさせながら顔を上げ、白露を見つめる。
「……俺は、命を、奪われるって事だけは、よく分かってるつもりだ。あんたがもう一度得た命、また失いそうだって思ったら、思わず身体が動いちまった」
「なっ……」
「一度は命奪われて、もう一度手に入った命だ。奪われた以上に奪う事考えるよりは、叶えられなかった人生立ちなおるよう生きた方が、絶対良いって」
「そ、そんな理由で、おれを?」
「そんな理由だよ。納得いかないんだったら、せめてこの先、奪う事より立ち直る事の為に、生きてくれ」
「……お、おまえ……」
「白露ー!」
ふと、頭上から女性の声が聞こえてきた。
白露と妖怪イタチが顔を上げると、真上からハーピーが飛んできて、二人の横で静止した。
「無事か。悲鳴が聞こえたから来てみたが……無事で良かった」
「ははっ、二人が来る前に倒してみたぜ、へへ、どーよ?」
「はは、そこは陽動引き受けてくれたおかげで、倒せたぜって、感謝してほしいところだな。さ、今腕を掴むよ。すぐ上に引き上げるから耐えろ」
「ああ。ほんっと助かるわー。ぶっちゃけここから上への上がり方分かんなかったからさー、気づかれなかったら、俺らこのまま言葉交わし終わって落ちる所だったわー」
「ひっ!?」
「縁起でもない事言うな。ほら、エリカも待ってるから、行くぞ」
卯未はそう言うと、足爪で白露の腕を掴み、雪が降る中ビルの屋上へと飛び上がった。
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