第二章:灰色の朽ちる吐息

第7話 任務後の医療室

 それから、白露は後からやって来た魑魅境の一員と共に、一通りの白紙賊を本部に連行した後で、魑魅境本部であるビルに帰って来た。

 今白露が居るのは医務室。椅子に座りつつ外を眺めれば、暗くなった夜空にビル群、そしてゆっくりと振り続ける雪が見えた。


「いやー、いつもどうりでねぇ、先生困っちゃうねぇ。君は毎回怪我して帰って来るねぇ?」


 ふと声を掛けられて、部屋の中に視線を戻す。そこには、片腕で胸を支えながら、手の平を振るって、どこかおばあちゃんっぽい仕草をしている女性が居た。

 振る舞いにしては、まだ若い方の容姿であり、二十代最後あたりの容姿に、まるぶちのメガネを掛け、クリーム色の髪をしている。

 だが、それ以上に気になるのは、白衣の間から出る大きい胸と、頭には狐の耳、そしてその背には8本の狐の尻尾を揺ら揺らと揺らしていた。


「いやー、ほんとすんませんねぇ。相田あいださん。なるべく怪我しないようには気を付けてるんすが……」

「うんにゃぁ、お姉さんは大丈夫なんだよねぇ。元気で帰ってきても死にかけで帰ってきても、お姉さん手当てするだけなんだよねぇ。白露君が怪我しても、それでも良かったって思ってるんなら、お姉さんもんだいなしだねぇ。あっはっはっはっは」


 相田と言う妖怪狐は、白衣に八本の尻尾をみんな揺ら揺らと揺らしたまま、おっとりとした声で言葉をまくしたて、にこにこと笑った。


「まあ、真面目な話。それでいいならっていうのは、本当にそう思うんだけれどねぇ? 先者の人たちに比べると、私や白露君みたいな、死んで魑魅魍魎に生まれ変わった、後者のみんなはねぇ。限界が分からない事が多いんだよねぇ」


 そう言い、相田は白露の片手を手に取る。手のひら側に向けて見れば、その皮膚はただれ、剥き出しになった肉も、焦げて濁り、何度か拭いたであろう跡の下から更に新しい膿が出ている有様だった。


「うっ……」

「せっかく神様がくれた、新しい身体なんだから。新しいなりの大事にする仕方を覚えないとねぇ。そこばっかりは、お姉さんも覚えてくれないと、悲しいねぇ」


 相田は眉をゆったりと落とし、白露の手を優しく撫でる。


「そう、すね……。ほんと、迷惑かけます」

「うんうん。分かればよろしいねぇ。…………ああ、それとねぇ」


 相田はにこやかに頷くが、ふと、少し顔を上げて思い出したかのような顔をする。

 と、次の瞬間。白露が逃げられないようにとばかりに、相田は凄まじい力で白露の手首を捕まえた。


「うぐっ!!」


 些細な痛みと同時に、それ以上に白露は冷や汗を額に浮かべ、肩を跳ね上げた。

 相田は青ざめる白露の顔を見て、おっとりとした笑みを浮かべる。

 そして、その顔に影が落ちた。顔が暗くなったというのも、相田の後ろに生えている、八本の尻尾が箸から順々にその先端に青白い火を灯しだした。

 ボッ、ボッ、ボッと、火が一つずつつくにつれ、青白い火は更に強く。おっとりとした相田の顔が、何故か地獄からの使者かなにかのように感じられてきた。


「お姉さん、これやるとき一番楽しいんだけどねぇ。受ける人みんな嫌がるんだよねぇ。お姉さんの自慢の力なのにねぇ」

「へ、へえ。俺もちょっときついって思ってるんだけどなぁ。そんな、急にしなくても……!」


 いつになく声が速くなる白露をよそに、相田はもう片方の手を、白露の怪我した手の平に沿えた。


「えへへぇ。大気中の命よ、充満する妖力よ、我が尻尾に集まり給え。8本それぞれに極限まで集い、そして、わが身に収縮いたせ」


 目を閉じ、にっこりとした笑みのまま間は詠唱をする。それに合わせ、相田の尻尾に灯っていた青い火は、導火線を渡るように尻尾を根元まで流れていく。そして、火はそのまま間の身体を渡り、腕を渡って手のひらにたどり着く。


「濃縮するは救いの為、衝撃と激痛はこの先の幸せの為。痛いのは一瞬だけ、平気平気なんだよねぇ。うんうん」


 相田はそう言い終えると、目を見開く。


「相田式おきつねAED! 集まった妖気に生気よ、白露君を徹底的に治せ!!!!」


 その叫びと共に、巨大な鉄棒が射出されるような機械音のような音が轟き、白露の全身が激しく揺さぶられた。


「ぎぃゃああぁぁぁぁぁぁあああああ!!」


 波打つように白露の全身が激しくねじくれ、服の節々に断裂が生じる。当の白露は天井に顔を仰け反らせ、白目を剥きながら絶叫を上げた。

 部屋全体が青く輝き、そしてゆっくりとその光を閉じた。


「ふぅ……これで、全快だねぇ」


 一仕事を終えたように満足し、相田は額の汗を拭う。

 目の前に座って居たはずの白露は、地面に横倒れになり、小さく痙攣していた。

 前に投げ出された白露の手は、黒焦げていた傷も跡形も無く消え去っている。それどころか、もともと以上に、つるつると表面を輝かせていた。


「お姉さん、白露君が怪我したら何回だってやってあげるんだからねぇ」


 頬に手を付け、照れたように微笑み、相田は手をおばちゃんみたいに振った。


「あ、はい。怪我しないように気をづけます……」


 白露は、気絶しそうな最中、わずかな誓いをか細く喋った。

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