第5話 黒寄りの灰の旋風
白露は、部屋の片隅で壊れた木箱群の手前の床を見た。
そこには真っ赤な血だまりが出来ており、今さっき出来たであろう鮮血の色合いを保っていた。
「……おまえさん、さっきなんかした?」
「なんかとは? ああ?」
「そこの血だまりだよ。木箱以外、争いの跡も見えねえが」
「さあねぇ、てめえが気にする事でもないだろう?」
にやにやと笑みを浮かべ、消炭は笑いを見せる。
それに反するように、白露は静かに拳に力を込めた。
「……食べたんだな? 誰かを」
「ハハッ。偽善ぶってんじゃねえよ。心配すんな、人間じゃねぇ。役に立たねえ部下を役に立つように、頂いただけ――」
その言葉が終わる前に、部屋の中から白露の姿が消えた。
次に姿を見せた時は、消炭の頬に回し蹴りを入れており、部屋内に遅れて打撲音が響き渡った。
「だったらなおさらだ! ド畜生が!!」
頭を仰け反らせた消炭は、そのまま背後の窓に叩きつけられ、大きく窓ガラスを割ってその状態を窓の外に倒れかけさせた。
「んぐぁあ!!」
かかとだけが室内に残る消炭。その足が完全に離れる前に、消炭は室内へ向けて大きく手を伸ばした。
太く巨大な腕が室内に入り、窓の淵をしっかりと掴み体を支えた。
白露は歯を剥き出しに噛み締め、室内の白露を睨んだ。
「この、甘々野郎がぁっ!!」
外に響く程の声で、消炭が叫ぶ。両手で窓の淵を掴んだまま、消炭はトンと軽く跳び、足を白露に向ける。
その足を見た白露は、両腕を交差させ、自分の胸元に構えた。
「おらぁっ!!」
掛け声と共に、消炭は腕を引き、自分の身体を室内に押し戻す。そして勢いのまま、白露にドロップキックをかました。
鞭をしなる音を鈍らせたかのような、重々しい打撲音。それが部屋の中に響き、腕の中心に蹴りを受けた白露は、そのまま部屋の反対側の壁に跳ばされ、背中を打ち付けた。
「ぐふっ!!」
「知りもしねえ野郎の事で、急にキレ散らかしてんじゃねえよ、アホが!」
室内に消炭が再び足をつけ、戻ってくる。のしのしと重い足取りで白露に向かって足を進める。
「馬鹿の魑魅境が。てめえみたいに、他所の御方の領域ってもんを知らねえやつがよ? 何も知らねえで非道だ、配慮だ、尊重だとか口々に叫んで入り込んでくるんさ」
消炭は床に倒れている部下の妖怪イタチを蹴飛ばし、白露へ歩みを進める。
「俺ぁ、生きてる頃に、色んなもんを持ってかれたね、そして奪われた」
「けほっ、そいつは、お気の毒にねぇ」
白露は息を整え、再び構えを取り直す。そして、眼前に控える消炭を再び睨みつけた。
「理不尽だと思わねえか? そっちには迷惑かけてねえのによ、勝手に界隈に踏み込んできて、野蛮だなんだと言って、自由を奪っていくんだ。どっちが略奪者だか、分からねえことばかりだ」
「だから。それに関しちゃ、可哀そうだって言ってるだろ、イタチ」
消炭が拳を白露目掛けて振り下ろす。
白露はそれを寸でのところで避け、横から腕目掛けて膝蹴りを入れる。しかし、白露の胴程もある腕は、その程度ではひん曲がる事もなく、硬くそこに残った。
「俺が言ってるのは、ほんとに
白露は、横払いに振られた消炭のもう片方の腕をしゃがみ躱す。
すると白露は、目の前の腕に腕を回し、力いっぱい足に力を入れ、消炭の背後に回った。
消炭の腕は背中側に曲がり、態勢を崩す。白露はそこを逃さず、後ろに引っ張っている消炭の腕を支えに逆立ちをする。そして、足の先を消炭の肩に掛け、乗り上げると。そのまま、消炭の腕を可動域限界以上に引き上げた。
「ガアアアァァアッ!!」
店で売られているチキンの骨の関節を折った時の音を、重く響くようにした音が、ハッキリと響き渡った。
それに伴い、消炭は獣のそれになっている口を大きく開け、絶叫を上げた。
「あんたは気持ちに飲まれ、憎んでた奴以上の事をしちまう、向こう側の化け物になっちまったんだよ!!」
「こ、この貧弱狼がぁ!!」
消炭は体を振るい暴れ、白露は肩の上から跳び離れる。
すると、消炭はぶらぶらに垂れ動かなくなった腕を抑えながら辺りを見回し始めた。そして、横で倒れているイタチの内一匹を目にすると、にやりと目元を曲げた。
「!!」
白露は、消炭の首元の首輪が、赤い輝きを増したのを目撃した。
「肩の足しになれ!!」
そう叫ぶと同時に、消炭の首輪から再び赤黒い獣の口が飛びだした。
獣の口は、倒れて動かない妖怪イタチ目掛けて飛んでいく。
白露は、それを目撃すると、妖怪イタチ目掛けて走り、その姿を消した。
その直後、獣の口は床をえぐるように口を閉じた。
「…あ!?」
床から離れた獣の口が、空中で口を開く。その中からはコンクリートしか零れ落ちず、肉は何も入っていなかった。
「ふう……。間に合って良かった」
「この野郎……!」
窓際の方に、雪明りを背にしてそっと、床に妖怪イタチを寝かせる白露の姿があった。
妖怪イタチを見て下を俯く白露の顔には、寂しそうな顔に影が差していた。
「……もう、良い。これ以上は不毛だ」
そう言って、白露は静かに立ち上がり、壁際の消炭を静かに向き合う。
「はぁ、はぁ……畜生。一旦、引かせてもらうぞ。首輪があるんだ、上からなだれ込んでくる役立たず共を喰えば、てめえぐらい!!」
白露は姿勢を一瞬低くすると、消炭に向かって弾丸のように駆け出した。
そして、半分の距離にも満たない所で、右足を瞬発的に蹴り、宙に跳ぶ。消炭目掛けて横回転で回り、横回転しながら右足を再び振るった。
「なっ!?」
「うおおおおぉぉりゃあああっ!!」
回転の勢いを上乗せしたうえで、鞭のようにしならせ振るう右足は、消炭の頬を正確にとらえ、消炭の全身を背後の壁へと吹き飛ばした。
白露の倍以上の体格を誇った消炭は、その足を崩し、最初に白露が打ち付けられていた壁に、更に大きなへこみを作ってぶつかり、そして倒れた。
「っと。……ふぅ」
白露は床に着地し、肩を少し上げて、息をついて降ろした。
「……任務完了。白紙賊リーダー、撃破」
白露は少し目を閉じ、飲み込むように喋った。
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