第4話 首に付けられたアーティファクト
ビルの最上階手前。オフィスが設置される予定の階の奥には、妖怪イタチで構成された白紙賊が集まっていた。
部屋の中に7名。そのうち6名は煙草を吹かしたり、自分の爪の使い勝手を、近場に転がっていた鉄筋に傷を付けては確かめていた。
しかし、残りの一名は、部屋の奥にて積み上げた木箱の上に腰かけ、どっしりと身構えている。図体は他の妖怪イタチと比べても一回りは大きく、真っ白く深い息を大きく吐いていた。
そこに、息を切らした2体の妖怪イタチが駆け込んできた。
「
「おう。それで? 状況は」
「そ、それが……苦戦しております! 地上では吸血鬼が、アーティファクトによる接近戦を仕掛けており、そこにハーピーが空中からの狙撃行為。吸血鬼を抑え、人質にしようと試みておりますが……困難を極めています!!」
「そうか。そうかそうか……」
うんうんと頷きを返し、消炭と呼ばれた妖怪イタチは、目元を覆ってあざ笑うようなため息をついた。
「かーっ、2体相手に役に立たねえ連中だねぇ。これから人間狩りしようってのに、お前ら人間にも負けるんじゃねえか?」
「ハッ。も、申し訳ありません……」
「そうだなぁ、んー……もういい、数だけが取り柄なのに、数で押せないんだったら引け。最低限の防衛陣を残して、残りの連中をここまで撤退させろ」
「了解しました。それでは!」
そう言って、妖怪イタチ2体が屋上へと向かおうとする。
「ああ、待った!」
「?」
「一人ここに残れ、頼みごとがある」
「? ……では、私が」
そう言うと、一人は残り、残り一人は屋上へ伝令に走った。
「ほれ、こっちに来い、密命がある」
「はい。いったい……」
妖怪イタチは消炭総長の元まで近寄る。イタチが消炭の手の届くところまで来た瞬間、消炭は妖怪イタチの首根っこを握り締めた。
「ガハッ!? そ、そうぢょおぉ!?」
「はぁ……人間として生きて何もできず、二回目のチャンスが来てもこれ。お前ら、つまんねー人生送ってんなー……。その肉の塊、ぜんっぜん役に立てないんならさ……」
そう言いながら顔を上げた消炭の顔は、狂気に塗れた邪悪な笑みを表していた。そして、妖怪イタチを持ち上げて見えだした消炭の首元には、真っ赤に光る髑髏の意匠が施された、黄金の首輪があった。
「役に立てられる奴に、全部寄越してくれな?」
消炭が言ったその瞬間、首輪に籠っていた赤い光が、イタチ目掛けて飛びかかり。赤黒い獣の顎として実体化し、口を開いた。
「や、やめろ!そうぢょぉっ――」
言い終わる前に、首輪の口はイタチを丸のみにしその口を閉じた。牙の隙間から漏れた妖怪イタチの左腕が、地面にぼとりと落ち、それさえも首輪の口に拾い食いされ消え去った。
首輪の口が首輪に戻っていき、赤黒いそれは元の怪しげな赤い光に戻る。すると、消炭の全身がドクンと震えた。
「きひっ、ひひ、うおおおおぉぉぉお!!!」
消炭が雄たけびを上げる。すると、ただでさえ大きかった消炭の全身が、更に一回り大きく、太い腕は筋肉を厚く変えていった。
「流石でございますな、消炭総長」
近場で煙草を吸っていたイタチの1人が、更に大きく変貌した消炭に対し、賞賛の声を掛ける。
「ひひひ、ああ、魔法の杖の連中が寄越したもんは本物だ。見ろ、役立たずが役に立つ血肉に変わったぁ!」
恍惚とした声を上げながら、消炭は腕を横に振り下ろす。木箱は中身に入っていた建築用の鉄棒までもひしゃげさせ、木箱を針山に変貌させた。
「今の時代、素材だけが転がっといて、ろくにうまく使えねえ奴ばっかだ。わざわざ、自分自身で無から作る必要もねえ、素材だけ持ってて何もできない奴から、いかに盗むかって事が大事だ」
消炭は自分の首元で赤く光る首輪を指さす。
「この首輪は、それを肉体レベルで可能にした。喰えば喰うほど、魂も血肉も、そのまんま盗んでくれる!」
「ええ。まさに、
「その通り!!」
消炭は木箱を立つと、のしのしと窓際に向かい、窓から下を見下ろす。
白く霞む地上では、相も変わらず空も見ない人間達が、変わらない日常に努めている。
「魑魅魍魎共は血肉を与え、人間共は汚れていない魂を寄越す。喰って喰って、喰い尽くして、認めなかった奴らを全部踏みつけてやる……」
消炭は腕を横に振るい、背後に控えている妖怪イタチ達に声を掛ける。
「順々に、撤退してくる連中をこの部屋に入れろ! 一人残らず餌にして、ハーピーと吸血鬼は俺が潰す!!」
部屋に野心に満ちた雄たけびは響き渡った。
しかし、おかしい。声が響き終わり室内が静かになっても、言葉に誰も返しはしなかった。
「……あ?」
消炭は眉を潜め、苛立たし気に振り返る。
雪によって明るい外と裏腹に暗い室内には、一人しか立っている者は居なかった。
「んーとね。んー。随分大胆な夢語ってたけど、同じこと部下にしちゃうぐらい、嫌な事あったん?」
そこに立っていたのは、灰色のジャケットにジーンズを着た、獣の耳と尻尾が特徴的な青年だった。
残りの妖怪イタチ達は、声も無く口から煙草をこぼして床に倒れ伏していた。
「可哀そうだとは思うけどさ……。自分がされたから、全員そうしてやるなんて発想に飲み込まれてちゃ、もう助けたくても助けられないよ、ほんと」
「……あんだぁ? てめぇ」
「魑魅境の人狼、白露。あんたの首輪に用があって来た」
そう言って、白露は天井に届きそうな程の体格で立ちはばかる消炭を前に、尻尾を振るい、構えを取った。
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