第3話 魑魅境の出陣
時刻は昼を過ぎ、充満に立ち込めた雲の下の街は、振り続ける雪も相まって、全てが静かな白に置き換わっているかのようであった。
そんな中、白露に卯未とエリカはビル群の中の一つの屋上から、別のビルを眺めていた。
そのビルは建築途中であるらしく、ビルの最上階は剥き出しの建設中フロアに、階の淵に建てられたクレーンたちが、長く下の方までワイヤーを垂らしていた。
「あれが、件の敵が籠城しているビルだ」
「へー。どうせ暴れるからかね、街のど真ん中に籠城するとは。びっくりだ」
「ふふん。一発派手にやる人なんて、縮こまってるこちらと比べれば、堂々とやるもんですわ」
そう言って、エリカが懐から一本の蝋燭と燭台を取り出し、セットするとライターで火を付けた。
白露と卯未が見る中、エリカの手元で蝋燭の火は更に燃え上り、燃える火はやがてねじ曲がり、こじれてその中に目の前にあるビルとそっくりな幻影を作り出した。
「今回、魑魅境に感づかれた結果籠城したのは、
エリカはそう言って、幻影の中の最上階付近をタッチして、室内を透過させる。オフィスの一室と思われる室内には、人型を模しながらも猫背で、鼻先の鋭い、人とイタチのハイブリッドを思わせる姿の影が7名程立っていた。
「転生した人達の中には、こうやって小さな徒党を組む輩も、結構多いですしねぇ。大体は静かに生きるか、一発野心を狙って喧嘩事をするぐらいですけど…」
「アーティファクト、だよな」
白露がそっと言葉を添える。
「そう。3か月ぐらい前、私と卯未は、アーティファクトを略奪しては横流しする横行を働いていた、利園貿易会社というものを倒したわ。企業の計画は、おおむね砕けたんだけど……残っていた品の幾らかが、部下によって持ち出され、魑魅魍魎達の闇ルートに売り渡されたみたいね」
そう言うと、エリカは蝋燭の火の根元をつまみ、火を消した。
「白紙賊は、
「新しい物手に入ったもんだから、さっそく人間に使おうとしてるのか」
白露はビルの淵に立ち、白紙賊が潜んでいる建設途中ビルを眺める。すると、屋上に二体の妖怪イタチが姿を見せ、周囲を偵察し始めた。
「私達、魑魅魍魎にもね? アーティファクトは放っておけば、犠牲を生むわ。悪用する前に止めますわよ」
「了解! んじゃ、派手に行くかね!」
白露はぱしっと拳を打ち、その横で卯未とエリカは翼を広げた。
「私とエリカは、最上階から先制攻撃を仕掛ける。お前は下の階から偵察者に脱走者を潰しながら、本部を目指せ!」
「あいよ! そっちこそ、バシッとやれよ!!」
卯未は頷き返す。そして、二人が先行して飛び上がった。
卯未とエリカは一旦空へと飛び、雲の中へと隠れる。身体にこたえる冷気に堪えながら、卯未は白紙賊の潜むビルの真上へと移動した。
目指す下には、偵察中の妖怪イタチ2名。卯未は隣で共に飛ぶエリカに相槌を打つと、そのまま重力に従うように、真下へと急降下を始めた。
雪の中を歩き、周囲を警戒している妖怪イタチ達は耳に空気を斬るような音を耳にし始めた。
それに合わせ、それぞれが鋭利に尖った爪を構え周囲を見渡し、警戒する。
しかし、周囲を見終わる前に、その真上に影が差した。
「あっ!!」
「てやぁあ!!」
翼を広げ、足を下にした卯未とエリカは、二人同時にそれぞれが妖怪イタチの胸元目掛け跳び蹴りをかまし、地面に踏み落とした。
「なんだ今の!」
「上だ!! 敵襲! 敵襲ー!!」
階下から、くぐもった妖怪イタチ達の怒声が聞こえ始めた。
卯未は倒れて動かなくなった妖怪イタチの上から降り、翼を構える。
「死んではいないさ。さあ、残りの連中もどんどんやるぞ、エリカ!」
「ふふっ、もちろんですわ」
相槌を返し合った二人は、卯未は翼を真っ白に輝かせ、エリカは肩から掛けていた真っ黒なマントを歪に変形させる。騒ぎ声と共に、血気立って敵が昇ってくるのが聞こえる階段を前に、二人は各々の構えで迎撃の姿勢を取った。
「始まったな……」
一人残った白露は、眺める先で機敏に動き回る妖怪イタチ達と戦いを始めた二人をしっかりと視認した。
白露はパンっと自分の両頬を叩き、それから握りこぶしを握る。
「よしっ! 俺の番だ」
そう言い、白露は再びビルの端へと足を進める。
下を見下ろすと、多少霞んで見えるような地上が見えた。まばらに少ない人々が豆粒のように見える。
目線を少し前に向けると、そこには、階下も無人のビルがあった。
「中腹ぐらいかな……。あんま下は、向こうだって始める前にばれたくないだろうしな……」
白露はうんと頷く。
自分が立っている場所の下に窓が無く、ビルの柱であろうコンクリート部が下まで続いているのも確認。
そして、両腕を左右に広げると、空を少し仰ぐように眺め、全身を前に傾けた。
「人狼の
白露の全身は真っ逆さまになり、そのままビルの壁面を添うようにして真下へと急降下していった。
腕を足側に、一本の線のようになって速度を増していく。耳と尻尾を激しくなびかせながら、白露は顔を前に傾ける。
目線の先には、いくつかのビルを避け、件の建設途中のビルの腹が見えた。
「~~っ! ぐぅっ!」
白露は、腕を自分が添っているビルに伸ばす。手の平が急速に過ぎ去っていくビルの壁に触れ、白露は巻き込まれる形で全身が縦回転に回る形に転がった。
回転する自分の身体。その足が、ビルの壁を向く瞬間を逃さなかった。
「てやあぁぁああ!!」
白露は、瞬発的にビルの壁を蹴る。その瞬間、衝撃だけを残し、白露の姿が消える。
それから間もなくして、向かい側のビルの中腹部の窓が一つ割れた。
白紙賊の潜むビルの中腹にて、ビル内に飛び散るガラスに紛れ、白露は地面に足をつけて慣性を殺し、室内でその動きを止めた。
「ふぅぅ……。よしっ!!」
尻尾を一払いして立ち上がると、白露はビルの階段を駆け上がり、昇り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます