第一章:白紙賊攻城作戦
第2話 白く瞬発を放つ人狼
窓の外では雪が降っていた。
町中に並ぶビル群の中、外見上は人気の無いビルの上部階一室では、一人の青年の瞬発的な息遣いと、空気の斬れる音が断続的に続いていた。
「ふっ、しゅっ、ふっ、しゅっ、ふっ!」
拳が消えては前に現れる。脚を振るっては前に現れる。
足を降ろし、地に着くと同時に姿勢を低くすると、青年の全身が消える。
室内から姿が消えた次の瞬間。広い部屋の3方の壁が衝撃音と共に軋み、部屋全体を振動させた。
「てやぁっ!!」
風を切り、目視で見える大気の切れ目。窓に向かって刺すように進む空気の揺らめきの中から、青年の形が浮かび上がった。
拳を前へ一突き。振った拳から衝撃が生まれ、真っすぐに伸びていた空気の揺らめきも、衝撃に飲み込まれて掻き消えた。そして、再び室内全体に衝撃が響き渡った。
窓の前で静止する青年。その拳の先には、床から天井まで伸びる、全面張りの窓がある。青年が込めた拳は、その窓のほんの寸前で静止していた。
ピシッ。
しばしの静寂の後、遅れて拳の先辺りにヒビが出来た。
「あ゛っ」
青年の顔が引きつるも、そんなこと構わずヒビは広がって、人一人程の大きさのヒビを作った。
「あっあっ、ストップ、ストップ! 待った! ステイ!! ステイ!! あーっ!!」
青年は仰け反り頭を抑えるが、それと同時に頭に生えた獣の耳と、大きな尻尾をこれでもかというほどにうなだらせた。
「うっそだろ、そろそろうまくやれてるって思ったのによ。あー、まじか、鬼島さん窓割って良いとは言ってないぞ、ええぇ?」
「せっかくのお小遣い、また弁償だねぇ」
ふと、静かな室内の中に落ち着きのある女性の声が響いた。
それに合わせ、またも科さんでしまった弁償代に悲しんでいた青年はピタッとし静止した。徐々に耳と尻尾を上がらせて、顔を引き締める。
次の瞬間。訓練部屋の入口、青年の背後から何かが真上に飛び上がった。
青年はハッと天井を見る。そこに飛び上がった何かは、両腕の翼を天井に衝突寸前で広げ、寸でのところで静止した。
そして、鳥足の爪を天井に付けると、翼を渦巻き状に構え、きりもみ回転をしながら青年目掛けて急降下した。
「うおぉっ!?」
青年は後方へバク中で跳ぶ。元居た場所に、翼の生えた何かが回転斬りを入れつつ着地した。
しかし、それだけで終わらない。回転のまま地面で衝撃を逃がすように回る中、その人物は、両腕の翼を真っ白に輝かせた。
「想翼刃っ!!」
技の掛け声と共に、翼から斬撃が青年目掛けて飛んだ。
「!」
まっすぐ立った青年は、視界一杯に空飛ぶ斬撃が迫るのを目にした。
「決まった!!」
「っ! らぁっ!!」
青年は飛ぶ斬撃を目の前にし、再びその場でバク転を行った。
手を付け、のけぞり、地に手を付けて足を上げる。その最中、斬撃は頭と足の間を通り抜けていった。
「!」
青年は自分の上部を、斬撃が飛んでいくのをしっかりと視認すると、足を力強く振り、回転を加速させた。
足の先で、斬撃の腹を捕まえ。地面に斬撃を踏み落とした。
青年が真っすぐ立つ頃には、斬撃は地面に食い込み、傷跡を地面に残して霧散していた。
「ははっ、はっはー」
青年は手のひらを少し上げて肩をすくめて、相手に笑う。
その視線の先、窓辺にて翼を降ろし微笑む女性は、両腕が翼、足が鳥の脚と、人間の姿ではなく、ハーピーの姿をしていた。
「ずいぶん派手な事をするじゃねえの、
「いや? 最近頑張ってたし、避けるって思ってたよ私は。やるじゃん、
「うはー! 死にそうなぐらい信用してくれてて、あんがとさんっ!」
雪を背に納得といった趣きで頷く卯未に対し、人狼の青年、白露は両肩に耳、尻尾、首をガックシと落とし乾き笑いをした。
「あらあら、まーお二人さん。楽しいことしてますわねぇ」
「おっ?」
卯未が声に反応し、部屋の入り口を見る。白露もそれに釣られて目線の先を追う。
部屋の入り口には、死人らしい真っ白な肌に似合わない程ニコニコとした笑顔をしながら、室内だと言うのに真っ黒な傘を差した女性が立っていた。
「エリカ。まだ昼間だよ?」
「今日は丸一日雲だからいいのよ」
「おいおい、エリカよ。それでこの間、調子にのって外で日光に巻き込まれかけただろ。卯未とか滅茶苦茶心配しただろうが」
「ふふん、別に大丈夫よ」
エリカは体を、手や足と言った末端から真っ白な霧にぼかしていき、部屋の中で霧散する。
そして、霧は白露の傍らを通り越していき、卯未の背後に回り込む。そこで霧は、元のエリカの姿を形作り、卯未を背中からむぎゅっと抱きしめて頬ずりをした。
「本当にやばかったら、卯未が助けてくれるんですもの~」
「んぐっ、するけどさ。ならないような努力はしてくれ…!」
笑顔で微笑むエリカを卯未は振りほどかず。先ほどの白露のようにガックシとうなだれた。
その直後、卯未の前方でカシャッとシャッター音が聞こえた。
「あ?」
卯未が顔を上げるころには、卯未のすぐ横で、白露がにこにこと微笑んみながら、ポケットにスマホらしきものをしまうのが見えた。
「いや~、仲いいねぇ。タンカーの時は色々あったそうだけど、良かった良かった」
「おい、白露? 君、今ポケットになに隠した」
「チミチャット見てたんだよ。お前の部屋のお隣さん、良いかげんアラーム無しで起きれるようになってくれって愚痴が来ててさ」
「絶対撮ったろ! この脊髄人狼! 何かの任務で不審な事故に見舞われたくなかったらいますぐ私に――!」
頬を赤くし、翼をバタバタと暴れさせて抗議する卯未であったが、言い終わる前に白露が矢継ぎ早に質問を投げ掛けた。
「で? こんな時間に何しに来たの? わざわざ実力見たいからってだけで、攻撃しに来たなんて、卯未はしないと思うけど」
「そこで終わるのなんて、お前ぐらいだろ……ああぁ、もう」
「ふふ、ちょっとした任務ですわよ?」
エリカが卯未の頭に顎をのせて口を開く。
「ええ、利園が残したアーティファクト関連でね。事件の前兆が来たんですって」
「! アーティファクト?」
「……その通りだよ」
卯未は、重心を預けて今にも落ちそうなエリカの頭を、自分の翼で支えながら答える。
その二人を眺めながらも、白露の口は引き締まり、ここではない何かを見据えているように、白露の顔が真剣なそれに変わった。
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