容疑者はコーハイ③

「それで、どうなった?」

「顔を強く打ったんでしばらく起きあがれなかったんスけど、誰かがボクの後ろにいるような気配を感じたッス。それで急いでり返ったんスけど、そのときにはもう、誰もいなかったッス」

 先輩は、力強くうなずいた。

「そのときあしうらはどうなっていた?」

「そういえば、少しねっとりと湿しめっていた気がするッス」

「なるほど……。それで、そのあとに他のぬいぐるみたちの様子を見たか?」

「そうッスねえ……カメは、のんびりとまどぎわで月をながめていたッス。ヒツジのメメは、人間界でいう習字っていうんスかね、勝手にレオナちゃんの道具を持ち出してぼくじゅうと小さな筆で、紙に絵をいていたッスよ」

「ミミとギンは?」

たしか……ウサギのミミは、レオナちゃんが小学生のときに使ってたっていうねん ざいセットを持ち出して、粘土遊びをしていたような気がするッス。ペンギンのギンは、どこに行ってたんスかね、見ませんでした。せんぱいはギンを見なかったッスか?」

「オレもギンを見なかった」

「そうッスか……。あれ、そういえば先輩、昨日の夜はどこに行ってたんスか?」

 急に自分に話題を振られた先輩のひょうじょうに、暗いかげがよぎった気がした。

「オ、オレか? オレのことは、どうでもいい」

 予期しなかったであろうボクの質問に、先輩は少しあわてただけでかんけつにそう答えた。

 さすがは、たんていしょうするだけのことはある。なかなか本心は見せてくれないようだ。たとえ相手が助手のボクだったとしても――。


 すぐに元の落ち着いた表情をもどした、リーバー先輩。

 かんがむように目をつぶり、そのまましばらく立っていたが、不意にその目をパチリと開けると、

「よくわかった。次の事情聴取は、カメだ。すまんがコーハイ、カメをここに呼んでくれ」

 と言って、ボクにカメを呼びにいかせたのである。

 リーバー先輩の助手とはいえボクは容疑者の一匹ひとりだったので、カメの事情聴取に立ち会うことはゆるされなかった。


 部屋のすみでぼーっとしていたカメをつかまえ、先輩のようけんを伝える。

 カメは「うん……わかった……」とびした声で答えると、のんびりとソファーに向かって歩き出した。正直、らちが明かないので、ボクはカメのおしりをぐいぐいと押してあげる。それで何とかカメを先輩のもとにおくとどけると、二匹ふたりの会話が聞こえないほどのきょどうし、遠目にかれらを眺めた。

 ぬいぐるみ犬探偵による事情聴取というシチュエーションでも、カメの動きは変わらない。

 ぼそぼそゆっくりと話すカメに、先輩はちょっとイラついた表情を見せながらも、いっしょうけんめいに説明するカメの言葉にうなずいていた。


 次にばれたのは、ヒツジのメメだった。

 カメに呼びにいかせても時間のなので、リーバー先輩がソファーで跳はねるようにしてジャンプし、ちょくせつメメを呼んだのだ。

 ちょこまかと短いあしでソファーに向かったメメは、ひたすらしゃべりまくっていた。人間の女子と同じように、ぬいぐるみの女子だっておしゃべりは大好きなのだ。

 先輩は、もこもこの前足で器用にうでみして目をつぶりながら、ただひたすらにメメの言葉に耳をかたむけていた。


 最後の事情聴取は、ウサギのミミだった。

 メメの伝言を聞いてぴょんぴょんとリーバー先輩のもとに向かったミミは、先輩に聞かれたことに、しんけんな表情で答えている。

 先輩は、自分よりも背の高いミミの周りを一周するように歩き回りながら、意味ありげにミミの言葉にうなずいていた。

 しばらくして、ウサギのぬいぐるみであるミミが、事情聴取からかいほうされた。これでようやくすべてのぬいぐるみの事情聴取が終わったことになる。

 すぐに集合のごえが先輩から掛かるのかと思いきや、全然違った。リーバー先輩は何を思ったのかソファーから離れると、この家のキッチンの方へと向かったのである。

 遠目でよくわからなかったが、何やらそこで捜査していたようだ。

 結局ボクは、この同行も許されなかった。助手という立場で何もできないのは、本当にもどかしかった。


 その数分後――。


 リーバー先輩がリビングのソファーに戻り、人間には聞こえない周波数の声をげた。


「今から、事件のなぞきをする。みんな、集まってくれ!」


 謎解きという言葉を聞いてときめいたボクののどが、ゴクリと鳴った。

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