ぬいぐるみ犬探偵「リーバー」②

 冷静な口調でしつもん的な言葉を言い放ったミミに、いっしゅんまよったようにしっぽをゆらゆらとさせたリーバー先輩が、きっぱりとした口調で話し始める。

おそらく、殺ぬいぐるみはんは家の生ごみコーナーの中にあった腐った魚肉をビニールぶくろか何かに入れたまま持ち出し、ギンの背後から近づいたのだろう。そして、ばやく袋の口をギンのクチバシに当て、その中身である『魚のにおい』をギンにがせたのだ。ちなみに、鳥の鼻はクチバシにある」

 考えただけでも、おぞましくて目が回りそうだ。

 先輩が話を続けた。

「大好物である魚の、ひどく腐ったにおい……。そんなにきゅうかくの発達していないペンギンとはいえ、初めて嗅ぐそのにおいはよほど強烈だったに違いない。そのしょうげきにより、ギンは気を失った。殺ぬいぐるみ犯は、気を失ったギンをかかえると、すぐに風呂場に運び込んだのだ。そして、一匹のサンマとともにギンを風呂に投げ込み、事故に見せかけた」

 意外にもするどい先輩の推理に、シーンと静まり返ったボクたち。

 そんなボクらの顔をゆっくりと見回したリーバー先輩が、ゆうたっぷりにほほえんだ。

「わかってくれたようだね……。これは事故じゃない、事件なんだよ」

(さすが先輩ッス!)

 心から感動して先輩に熱いせんを送った、ボク。

 そんなボクに、リーバー先輩はつぶらひとみでパチリと目くばせした。

「じゃあ、さっそく、捜査にとりかかるとするか。いいな、コーハイ!」

「ハイッ、ス!」

 それは、ボクが〝ぬいぐるみ犬探偵リーバー〟の助手になったしゅんかんだった。

 新米助手のボクに向かって、先輩が自分を納得させるようにつぶやく。

「探偵の捜査のほんは現場百回。早速だが、まずは現場のかくにんをしよう」

 くるりと向きを変えた先輩が、また浴槽へと向かった。探偵助手であるボクは、もちろん、そのあとに続く。

「ん? ちょっとここを見てみろ、コーハイ」

 現場を荒らさないよう浴室の隅をにんじゃのように歩いていた先輩が、象のように耳をパタパタさせながら、右の前足で目の前のゆかしめす。

 そこには、ぽたぽたと水がこぼれたようなあとがあった。それは浴室の入り口から浴槽まで直線的に続いており、よく見れば肉球のような形をしている。

「先輩、これは動物の足跡のようッスね!」

「ああ、そうだ。そして、恐らくは殺ぬいぐるみ犯が残した足跡に違いない」

 ボクは緊張でドキドキ胸むねが脈打つのを感じながら、その足跡に見入った。


 ところがそのときだった。

 リーバー先輩が、思いもよらぬことを口走ったのだ。


「……。コーハイ、オマエの前足をこの足跡にしつけてみてくれ」

「はぁ? どういうことッスか。この足跡がボクのものだとでも?」

「いいから、とにかくやってみろ」

 しかたないッスね――。

 ボクはブツブツともん を言いながら、右の前足をの床に残された足跡に重ねてみた。

(えっ? うそでしょ? 信じられない……)

 ボクは黒くてまん丸い、自分の目を疑った。

 だって、おかしなことに――本当におかしなことに――その足跡がボクの前足に、それも肉球の形や大きさまですべてがぴったりと合ってしまったのだから!

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