ペンギンの溺死③

「ぐはっ、体が重いッス!」

 ボクたち五匹ひきのぬいぐるみにとってそこは、まさにごくの世界だった。体中の綿わたという綿が空気中の水分をってぐっしょりとなり、体がまるでなまりの重しをつけたように動かなくなってしまったのだ。

 浴室へと続くとびらは、か開いている。

 先輩は勇気をしぼるように、まだ熱気がムンムンと感じられる浴室に首を突っ込んだ。

「クンクン……。これは魚のにおいだぞ。もしかして、アイツ――」

 先輩はきょうれつな湿気をものともせず浴室の中へと入っていった。そして、よくそうへ落ちないようかべすみをひょいひょいと登って、シャンプーの置いてある人間のたけほどの高さにある棚の上におどり上がった。

 と同時に辺りに響いた、先輩の声。

「ギンだ! ギンが、お風呂でおぼれてる!」


 ひゃあぁ!


 ウサギのミミとヒツジのメメの悲鳴が、同時にあがった。

 ボクは悲鳴をこらえて、とっさに中の様子を確かめようと首を浴室の中に突っ込んだ。確かに、くさった魚のようなにおいがじゅうまんしている。おうえんけつけようと動き出したボクを、先輩はきつい調子でせいした。

「ダメだ。来るなコーハイ! もしかしたらこれは、けんかもしれないのだ。げんをむやみにらしてはならない」

 多くの水分を吸ってしまったとはいえ、さすがは身の軽い子犬のぬいぐるみだ。

 ひょこひょことねながらも、浴槽には落ちないよう用心深く足元に気を付けつつリーバー先輩は浴槽のへりへとやってきた。

「ギンと、ぴかぴかのサンマがお湯にいている……。このサンマがしくて浴槽に近づいたギンが、いきおあまって落ち、おぼれてしまったのか?」

 先輩は、浴槽の中に浮かぶ、水分をふくんでぷっくりとふくれた青いペンギンのぬいぐるみを口にくわえると、ボクの目の前に放り投げた。それに続いて、銀色に光る一匹ぴきのサンマも――。

 いつそうなったのかはわからないが、サンマのびれが少しちぎれていた。

 浴室のあらにびしゃりとたたきつけられたギンは、ピクリとも動かない。

 青色のペンギンのぬいぐるみは、体中の綿が水分でぶくぶくにふくらんだじょうたいですでに事切れていた。

「ぬいぐるみとはいえ、ペンギンが溺死するなんて……」

 ショックを隠し切れないウサギのミミが、ぼそり、とつぶやいた。

 緑色のカメは、まばたきもせずに前を見つめている。ショックで動けないのか、それともてんかいの速さについてこられないのか、定かではないが。

 ギンの横で、彼と同様、溺死してしまったかのように横たわる一匹のサンマに目を向ける。

 どうやらこの魚は、れいぞうにしまわれていたれいとうひんらしかった。完全にはけ切っておらず、まだ体がこわばったようにったままだ。

 なるべく浴室の隅を歩くようにして、先輩がこちらにもどってくる。そのひょうじょうかたく、何かを深く考えめているかのようだった。

 みんなの前にたどり着いた先輩。

 すぐに口を開くと、決意をめた表情でこうせんげんした。


「これより『ぬいぐるみ犬探たんていリーバー』による、『殺ぬいぐるみ事件』のそうを始める」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る