ペンギンの溺死②

 ――まあ、それはそれとして、人間なら多分真っ暗であろうリビングをスイスイと進んでゆくボクたち。人間には見えなくても、ぬいぐるみの目にははっきりと見える。

 ろうぎ、先輩とボクがレオナちゃんの部屋の前にたどり着く。

 音をたてないよう、そっと部屋のドアを開けようとしていた、まさにその矢先だった。


 ぎゃああ!


 ボクらのはい で、ぬいぐるみの発する悲鳴(人間には聞こえない周波数だろうけど、ボクらにはかなごえのようにひびいた)が聞こえたんだ。

「あれはギンの声ッスよ……」

 そうつぶやいたボクに、きりっときびしいをした先輩が、小さくうなずいた。

 ちなみにギンっていうのは、青い、オスのペンギンのぬいぐるみ。

 先輩はゴクリ、とのどを鳴らすと、

「これはけんにおいがするな……。行くぞ、コーハイ!」

 とえるようにこれまた人間には聞こえない周波数で叫び、声のした方向に向かって一目散に走っていった。当然、ボクもそのあとに続く。

 廊下を音もなく疾しっ走そうし、おへと続く引き戸の前へ。すると、ぬいぐるみの仲間たちが三匹びき、そわそわしながら、心配そうなおもちでそこに立っていた。

「お前たちも聞こえたか」

「ええ、もちろん。あれはちがいなくギンの声ね。聞こえたのは、ここからよ」

 先輩の質問に自信ありげに答えたのは、ミミだった。

 ミミは、この家のふるかぶのウサギのぬいぐるみで、レオナちゃんが産まれたころに、この家にやってきたそうである。おなかにはやや重たいオルゴールが入っていて、「レオナちゃんが赤ちゃんだったときは、オルゴールの音色を聞かせて、よくおひるをさせていたものよ」というのが、かのじょくちぐせであり、自慢なのだ。

「でも、ここはお風呂場よ。ワタシたちぬいぐるみの大たい敵てきである『湿しっ 』のかたまりみたいなところに、わざわざ行くかしら?」

 ミミにはんろんするように横から口を出したのは、ヒツジのぬいぐるみのメメだった。体はピンク色のモコモコした毛糸のようなおおわれていて、特に今の季節は暖かそうである。やさしい顔をしてするどいツッコミをするのが、彼女のとくわざなのだ。

「もしかしたら……ペンギンの血が……騒さわいだのかも……ね」

 ぽつりぽつり、のんびりとおだやかな目をしてそう言ったのは、オスの緑色のカメで、その名もカメと呼ばれるぬいぐるみだった。数年前、この家の家族がおきなわに旅行に行ったさいにレオナちゃんが気に入り、げんから連れてきたそうである。

「何よ、ペンギンの血って!?」

 メメが黒く円らな瞳(ぬいぐるみは大体そうだけど……)を向け、カメにいた。

「だって……ペンギンだもの……泳ぎたいに……きまってる……でしょ」

「ペンギンったって、ぬいぐるみなのよ。泳げるわけないじゃない!」

「ああ、じれったいわね!」

 メメとカメの会話をさえぎったのは、ミミだった。

「とにかく、中に入ってみましょう! ここからギンの声が聞こえたのは間違いないんだし、ギンのことが心配だわ」

 リーバー先輩は、ミミの顔を食い入るように見つめたあと、

「ミミの言うとおり、ギンのことが心配だ。とにかく入ってみよう」

 と言って、鼻をねじ込こむようにしてだつじょに入る戸口をこじ開け、中にんでいった。あとにボクが続き、さらにミミ、メメ、カメが続いた。

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