38.カップルメニュー

 俺は普段の様に軽い雑談をしながら注文した料理を待っていた。撫子が部活で遅い時や友達とご飯を食べる時などは時々こうして、一緒に外食をすることも少なくはなかった。でもさ、デートというだけで不思議な感情に襲われる。照れくささと嬉しさが混同しているのだろう。ああ、でも、小学校の時も声をかけて、絡むときも最初はすごい緊張したんだよな。こうして関係は変わっていくのだろう。多少の不安もあるけど里香となら乗り越える気がする。

 


「なあ、大和一つ聞いていいかな?」

「ああ、どうしたんだ」



 里香は言いにくそうに口を開く。その顔は普段見たことがないもので……俺は一瞬どんなことを聞かれるのかと身構える。



「さっき聞いた話なんだけどさ、大和は撫子ちゃんと仲いいからひょっとしたらとは思っていたんだが……大和は妹萌えなのか? 私は妹じゃないけど、その……呼ぶくらいならできるよ。大和兄ちゃんとかさ……」

「はっ? 何言ってんだ、そんなんフィクションだから楽しいに決まってるだろ、里香は頭でもおかしいのか?」

「死ね」

「いってぇぇぇぇ」



 この女テーブルの下で足を思いっきり踏みやがった。俺は痛みを訴える足をさする。靴を履いてなかったらやばかったな……俺は抗議の目線を里香に向けるが彼女には効果がないようだ。むしろ、マジな顔でこちらを睨んでくる。



「お前が撫子ちゃんに発情しないように気をつかってやったのになんだその言い方は!!」

「ふっざけんな、妹にそんな気持ちになるわけないだろうが!! エロ漫画じゃねーんだよ!! 里香は俺を何だと思ってんの?」

「メイド好きの変態……」

「うっ……」



 だめだなんにも反論できない。半眼でこちらを見つめてくる里香から目を逸らすと、隣の席のカップルの元に何やら、バカでかいハート型のパンケーキが運ばれていくのが見えた。



「はい、カップル限定パンケーキです。ではお二人にはカップルの証拠としてカップルっぽい事をしてもらいますね。あ、エッチな事は無しですからね」



 パンケーキをもってきた店員さんが説明するとカップルたちは顔を赤らめる。



「あんなメニューがあるのか……ちょっと、楽しそうだけど私達には関係が無い話だね」

「いや、頼んだが? むしろ、俺はこのために来たんだが?」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!? 大和は恥ずかしくないのか。私達は別にカップルじゃないし……確かにちょっと憧れるけど……」



 さっきまでの不機嫌そうな顔はどこにいったやら……そういうと里香は顔を真っ赤にしてぶつぶつと言い始めた。本当に可愛いな。これを見たくて里香には詳細を言わないでつれてきたというのもあるのだ。まあ、カップルっぽい事といってもせいぜいあーんをするくらいで大丈夫だしな。



「お待たせしました。カップル限定パンケーキです!! では、お二人にはカップルの証拠としてカップルっぽい事をしてもらいます。あと撮影した写真は後程プレゼント致しますね。もちろんエッチな事は無しですからね」

「ああ、隣のカップルが羨ましいなぁ……カップルぽいことだってさ、どうする、里香?」

「な……やまとぉぉぉぉ!! でも、なんかあのカップルに負けるのは嫌だな……絶対私の方があのカップルよりも相手の事を好きだし……」



 さっき俺達を注意した店員さんがバカでかいハート型のパンケーキを運んできてくれたようだ。里香は「カップルっぽいこと……カップルっぽいこと……」と壊れたおもちゃのように何やらブツブツと呟いている。



「あの……彼女さん大丈夫ですか? そこまで気おわなくていいんですよ、ほら手を握ったりでも大丈夫ですから……」

「だってさ、里香。せっかくだからあーんしてくれないか?」



 テンパる里香を楽しんだ俺は彼女の方を振り向きながら口をあけてアピールした。だが彼女は真剣な顔で首を横に振った。え? どうしたんだ? 無茶苦茶嫌な予感がするんだが。




「それは隣のカップルがやってたろ? 負けた気がするから嫌だね。大和が好きそうなこと考えてるから少し待ってろ」

「え……何言ってるんですかこの人」

「ちょっと煽りすぎたみたいです。すいません……」



 想定外だぁぁぁぁぁぁ。里香の負けず嫌いなスイッチが入ってしまった。しかも、不意打ちでテンパっている、マジであほな事をやりかねないぞ。

 店員さんも困惑した目で俺をみつめてくる。彼女は顔を真っ赤にしながらも何かを思いついたらしく、にやりと得意げな笑みを浮かべて、靴を脱いだからと思うと、俺に足を差し出した。いやいや、ワンピースだからって、油断してると色々見えちゃうぞ。俺はとっさに目を逸らそうとするが、綺麗な脚を見つめてしまう。



「ほら、つま先にキスをしろ。大和はこういうのが好きだろ?」

「は?」



 まあ、大好きですけど!! というかこいつは催眠術の時といいなんでこういう時だけ、無駄に思い切りがいいんだよぉぉぉ。店員さんとか絶句してるぞ!!



「アウトォォォォォォ!! なんでSMみたいなことをやってるんですか? エッチな事はダメっていいましたよね!! 例えるならば普通のゲームだよってわたされたら実は18禁ゲームでいきなりエッチなシーンを見せられた気分です!! お客さんには小さいちいさいこどももいるんですから自重してください!!」



 店員さんに無茶苦茶怒られた俺達は結局あーんをしあう事で許してもらった。色々やらかして周囲の視線が痛かったけれど、二人で食べたパンケーキはとても甘く美味しかった。

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