34.新しい距離
「おーい、大和。彼女さんが練習を見に来てるよ」
「は? 俺に彼女なんていないんだが……」
練習の最中に青木がにやにやしながら体育館の扉を指さしながら言ってきた。何言ってんだこいつって思ってみると、飄々とした顔でこちらを見つめている里香と目あった。彼女は俺の視線に気づくといつもの意地の悪い笑顔を浮かべながら手を振ってきた。あいつ、朝弱いくせにどうしたんだ? だいたい今日は土曜日だから学校はないんだが。それに彼女はいつもと違う格好をしている。いくつかの疑問に混乱している俺の肩を青木がポンポンと叩く。
「少しくらい話しかけてきてやったらどうだ? わざわざ応援をしにきてくれたんだろ?」
「いや、でも練習中だし……」
「だめですよ、先輩こういう時は声をかけてもらえるだけで嬉しいですから。はい、タオルです」
「わーい、涼風ちゃんのタオルだ。家宝にしよう!! むっちゃいい匂いがする!!!」
「青木先輩持って帰ろうとしないでください、匂いをかがないでください。汗を拭いてください!!」
そういって、青木と涼風ちゃんは行ってしまった。なんというかはめられたな……周りに誰もいなくなったこともあり、俺は里香の元へと向かう。彼女は壁に寄りかかり、なぜか両手を隠すかのようにして腕を後ろに組んでいた。
「おはよう、珍しいじゃないか。練習を見に来るなんて」
「まあ、たまたま早く起きてしまったからね、迷惑だったかな?」
「いや、そんなことはないけど……」
「ならよかった。やはり、部活をしているときの大和もかっこいいな」
「え……ああ」
いきなり褒められて俺がきょとんとしていると彼女は、不満そうに唇を尖らせ睨みつけてきた。
「せっかく褒めてやったのになんだよ、その態度……まあいい。部活は午前中だけだろ? 今日はたまたま早く起きたら大和の分もお弁当を作ってきたんだ。一緒に食べよう」
「え?」
どうしたんだろう? こいつまだ催眠術かかってるとかないよな? 普段との違いに俺が困惑していると彼女は頬を膨らます。そして、俺はいつもと違う彼女の服装を凝視する。いつもの白衣もないし、なによりも、いつもよりスカートが短くなっており、生脚がまぶしい。
「なんだよ、迷惑だったかな。なら別にいいよ。大和の家に行って撫子ちゃんと食べるから」
「いや食べる食べるって。無茶苦茶楽しみにしてるから!! てか白衣はどうしたんだ? スカートもちょっと短くない?」
「ふん、やっと気づいたか。それはまあ……脚がいいって褒めてくれた変態がいたから少し短くしてみようかなと……」
俺のことじゃねーかよ。指摘されたのが恥ずかしいのか嬉しいのか顔を真っ赤にする里香。そんな彼女をみて、俺はつい本音を漏らしてしまう。
「確かに里香の生足がみれるのはうれしいけど、他のやつにはあんまり見られたくないかな」
「ふーん、そうなんだ。大和は私がみんなに見られるのが嫌なんだな。生足大好きな変態め」
俺の言葉に彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの意地の悪い笑顔を浮かべた。でも、その表情は少し嬉しそうだ。でも、彼女はなぜ白衣を脱いでいるのかを教えてくれない。白衣は俺と彼女の絆でもあったわけで……俺が何かを言おうと悩んでいると同期に呼ばれる。
「おーい、大和いつまでもいちゃついてんだ!! 早く練習するぞ」
「行ってきなよ、大和、私は君の練習をみていてやるからさ、お弁当さ、あまり上手じゃないけど……頑張って作ったから食べてくれると嬉しい」
「ああ、すっげえ楽しみにしてる。じゃあ、戻るな、里香。またお昼にな」
白衣の事はお昼に聞けばいいなと思い、照れ臭そうにはにかむ里香に別れを告げて練習に戻ろうとすると彼女がポツリといった。
「あとさ……私はもう、大和のライバルをやめるよ。だってライバルじゃ恋愛はできないからね」
「それって……」
「どういう意味かわからないとか言うなよ。里香先生からの宿題だ。答え合わせはお昼にね。早く練習に戻らないと怒られるよ」
そういって、恥ずかしそうに言う彼女はとても可愛らしかった。そして恥ずかしいのを誤魔化すように俺をコートの方へと押しやった。いや、コートに戻っても集中何てできるはずないだろ。そして俺は青木にいじられる。
「さっきのなんだよ、お前らあんな感じだっけ? ついに付き合ったのか?」
「いや、まだ付き合ってないが」
「まだね……じゃあ、あれか、まだ、ただの幼馴染ってやつなのか?」
「いや……気になる幼馴染かな? そのさ……デートの誘いってどうすればいいか教えてくれない?」
「おお、いいぜ!! やっとかよって感じだな。このモテ男の青木先生が教えてやるよ」
「まあ、お前は振られてるけどな」
「まだ、傷癒えてないからそれはやめてーー」
そういいながら俺は練習に戻る。視界に入ったので里香に手を振ると、彼女も手を振りかえしてくれた。そんな里香がすごい可愛らしくて、俺もがんばらないとなと思う。俺達の関係を進めるのだ。幼馴染としてではなく、一組の男女として。これだけアシストされたのだ。もう進むに決まっている。
練習を終えた俺はみんなに断って里香がいる空き教室へと向かう。いつもの教室の扉なのに不思議と緊張感と未来への希望が俺を支配する。
そしてついに意を決して扉をあけるのだった。そこにはいつものように飄々とした顔で意地の悪い笑みを浮かべている里香がいた。でも、いつもとは違う事もあった。彼女の指は包丁か何かで切ったのか絆創膏がついていて、顔は心なしか赤い。そして、何よりも俺達の気持ちはもう違った、催眠術などというエロ漫画みたいなものがきっかけだったけれど俺達の距離はもう変わったのだ。
「練習は終わったのかな? 急にきて迷惑じゃなかったかな」
「迷惑なわけないだろ。いつでも可愛い幼馴染の応援は歓迎だよ」
「可愛いか……ふふ、その言葉を聞くのに何年かかったかな」
俺の言葉に彼女の表情がにやける。よかったひかれるかと思っていた。俺はそのまま彼女の正面の椅子に座る。広げられたお弁当はちょっと不格好だったり、焦げているところもあったけど、今までみたもので一番おいしそうだった。
「その……今も味見をしたんだけど、やっぱり大和の方が美味しくできるなぁ……ちょと悔しい。でも……一生懸命作ったんだ。その……特別美味しくはないけど、まずくはないからさ」
そういって彼女はお箸で半分にされている不格好な卵焼きを俺に見せる。彼女はなにやら落ち着かないようで視線をきょろきょろと動かしていた。そんな里香をみている俺は胸がドキドキするのを感じた。こいつ俺のために不慣れな料理をしてくれたのかよ。かわいすぎるだろぉぉぉぉ。
「そんなことないさ、多分これは俺にとって日本で一美味しい弁当だと思う」
「適当な事を言うなよな。食べてもないじゃないか」
俺の言葉に里香はちょっと拗ねた顔で唇を尖らす。全くこいつは何もわかっていないな。確かに料理は出来も大事だけど、誰が作ってくれたかも大事なんだよ。好きな人が作ってくれたご飯なんて最高だろ。日本で一番美味しいお弁当だ。でもさ、俺はそれを世界一美味しいご飯にしなきゃいけないんだ。いや、したいんだ。だから言葉を紡ぐ。
「なあ、里香……明日よかったらデートをしないか? 行きたい場所があるんだ」
「別にいいけど……改まってどうしたんだ? 二人で遊びに行くなんてしょっちゅうしてるじゃないか」
「でもさ、デートは初めてだろう」
「え……デートって……大和……」
俺と彼女の視線が交わる。今の俺はどんな顔をしているだろうか、里香と同じように顔が真っ赤だろう。そして緊張しているのだろう。でも、それでいいのだ。俺は意を決して言葉を繰り出す。これまでの関係から次の関係へと進む言葉を……
「俺は里香とデートがしたんだ。ダメかな?」
「ダメじゃない……ダメなはずないだろ」
俺の言葉に彼女は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。そして俺達はいつもより口数が少なくなりながらもお昼を食べるのだった。だけど、この時間はいつもよりも幸せだった。
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