33.二人の絆
それは二年生の一学期での出来事だった。三者面談というものがあり、私が勧められたのは綺羅星学園という私立の進学校だった。まあ、私の学力なら今のままでも大丈夫だろうという事で三者面談は無事に終わった。
「さすがね、里香ちゃん。私も鼻が高いわ」
「ふふ、当たり前だろう。大和にも教えてあげないと。あいつとの高校生活もたのしみだなぁ。やっぱり私立だからか制服もかっこいいんだよな。あいつならきっと似合うと思うんだ」
「里香ちゃん……それは……」
私の言葉に母が口を濁す。彼とは成績の話はしなくなったけれど、母は、彼の親からそのあたりの事も聞いていたのかもしれない。そして、その表情で全てを悟ってしまった。そういえばあいつとは、中学になってからはテストのバトルはしなくなっていた。そんなことをしなくても一緒にいるのが当たり前になっていたからだ。だけど一緒に高校に進学するには成績というのも大事なわけで……
そのことに気づいた私はいても立ってもいられずに走り出した。ちょうど部活帰りで友人といた彼を見つけて私は強引に話しかけた。
「どうしたんだよ、そんなに息を切らしてさ。そんなに俺に会いたかったのか? 寂しがり屋だな」
「はぁはぁ……そんなことはどうでもいい。それより大和!! 志望校を教えろ!!」
「ん……あー、そういう事か。青木ごめん、先帰ってくれ」
「りょーかい。てか、俺らまだ二年になったばかり進路とか早くない? あー、でも赤城さんなら綺羅星学園か……ならどうせ、緑屋も行くだろうし……ありだな。俺も本気出すかね」
なにやらぶつぶつ言っている青木を見送った大和は、いつもと違って皮肉に満ちた笑みではなく真剣な顔をしていた。私は見慣れない表情に驚いて、思わず何も言えなくなる。
「里香はどこに行くんだ? やっぱり綺羅星高校か?」
「質問を質問で返すな、私の事はどうでもいいだろ。大和はどこにいくんだ? 勉強なんてどこでもできる。お前に合わせるから一緒の高校に行こう」
少し気圧されながらも私は大和に提案をする。これなら問題はないはずだ。でも、彼は真剣な顔をしたまま首を横に振った。そして、強い意思が宿った目で私にいったのだ。
「じゃあ言わない。お前には絶対教えないよ。少なくとも今は……」
「なんでだ!? 私たちはずっと一緒だっていったのは大和じゃないか!! 私たちはライバルじゃないのかよ!?」
「当たり前だろう、そんな風に気を遣われてライバルっていれるのかよ!!」
私の懇願にも、彼は首を縦に振ることこはなかった。今考えれば彼は私が志望校を変えるのをよしとおもわなかったのだろう。私の足を引っ張りたくはなかったのかもしれない。大和はそういう男だ。でも、その時の私は必死でそんな事も思いつかなったし、何よりも絶対彼と離れたくなかったのだ。
大和と喧嘩みたいに別れたその夜私はベットの中で色々と考えていた。いや、かっこつけた。ぶっちゃけ泣いた。だって私は絶対彼と一緒にいたかったのに、彼はそうではなかったのかな? 冷静に考えれば大和には部活を一緒に帰っていた彼がいるように友達はたくさんいるのだ。私はその中の一人に過ぎない。
「なんだよ……私たちはライバルじゃないのか……お前も私を置いて行くのか。何が綺羅星だ馬鹿馬鹿しい」
私は先生からもらった高校のパンフレットを投げ捨てる。これじゃあ、他のやつらと同じじゃないか? 天才と呼ばれている私に興味本位で話しかけてきたやつら、テストをいどんできたやつら、あいつらはみんな天才少女である私を動物園の動物のように面白そうに観察しているだけだった。でも大和は違ったのだ。私の全てを知ろうとしてくれて、ずっと一緒にいてくれて、私にとって彼は本当に大切な存在だったのだ。その日一晩中私はベットの中で泣き続けた。
「いやだよぉ……寂しいよう……」
いつからだろう、彼といるようになったのは。いつからだろう、彼がいるのがあたりまえになったのは。そして、いつか離れるかもしれないというあたりまえの考えが消えたのは……
次の日の朝、私はいつもの待ち合わせ場所にいる大和にばれないように登校した。もちろんメールも放置だ。彼は遅刻ギリギリでやってきて、こちらをにらんできたが無視してやった。何かをいいたそうにしていた彼の顔をいまでも覚えている。休みの時間もこちらを見てきたが私は教室の外へと、抜け出した。久々に一人で過ごす休みの時間はこんなにも寂しいものだったのだろうか。でも、あいつが謝るまで絶対許してやるもんか。それであいつの志望校を教えてもらっていっしょの高校に入学するんだ。
放課後になってもあいつは謝ってこなかった。私は今日が彼の三者面談だということを思い出し、悪いことだとは思いながらも、盗み聞きをすることにした。教えてくれない大和が悪いんだからな。
「だから君に綺羅星学園は無理だって。いまからでもよっぽど勉強しなきゃ無理だよ」
「それでも、俺は行かなきゃいけないんです!! 俺のライバルが行くんだから俺だけが負けるわけには行かないんです!!」
盗み聞きをしていた私は驚きのあまり絶句する。彼は今何て言った?
「お母さんからもなんとかいってあげてください。いまからでも相当厳しいですよ」
「大和は……本気なのよね? じゃあ、私は何にも言わないわ。里香ちゃんと一緒の学校にいきたいんでしょう」
「ああ、俺はあいつとずっと一緒にいるって約束したからさ」
その一言を聞くと同時に私は駆け出していた。あいつ馬鹿じゃないか? なんで君が私に合わせるんだよ!! 私が君に合わせた方が確実だし、どっちが楽かなんてわかっているだろう? 綺羅星学園は進学校なんだぞ。駆け出した私の頬を涙が流れる。でも、嬉しかった。私があいつを特別だと思っていたように、あいつにとっても私は特別だったんだ。
てかさ、これであいつに惚れるなってのが無理だろう。かっこつけて……そして私は一番欲しい言葉をくれてさ……
結局その日も私は泣いた。今度はうれし泣きだったけど。その日私は無視したことメールで謝った。本当は電話をしたかったけど、泣いた声を聞かれたくなかったからだ。
「おはよー、大和、昨日はごめん」
「おはよー……その……それに関してはこっちも悪かった。てか、里香その格好は何なの? 何で白衣着てんの? コスプレ?」
「何でってそれは私は大和のライバルだからかな」
その朝、私をみた彼は驚愕の声を上げた。そりゃあ、まあ白衣を着ていた女がいたらビビると思う。でも、いいのだ、これは私なりの誓いだ。
「里香……まさか昨日の聞いてた?」
「なんのことかな? 早くいくよ。今度勉強を教えてあげよう。天才による家庭教師だ」
「いいよ、だってお前教えるの下手じゃん。それに予備校かようことになったんだよな。放課後は一緒にいる時間減るかも」
「ふーん、私も行こうかな」
「お前は行かなくても十分だろ。ってかその格好恥ずかしくない。厨二病かよ」
「うるさい、先生にライバルとかいうやつにいわれたくないな」
「やっぱり聞いてたのかよ」
私たちはいつもと同じようにしゃべりながらいつもとは違う距離で歩く。心なしか私たちの距離は縮まった気がする。そして私の彼への気持ちも変わった気がする。いや、違うな、私は自分の気持ちに気づいたのだ。目の前の幼馴染と幼馴染以上になりたいんだって気持ちに。
「ありがとう大和……」
「んー、だって約束しただろ、里香」
そうして私たちは一緒の高校に入学することができたのだ。
私は入学式の時の写真を眺めながら人生で一番嬉しかった事を思い出していた。今ある日常は本来あり得なかった日常なのだ。大和が頑張ったからこそありえたのだ。今回だって、大和はいつでも私のために頑張ってくれた。
だったら今度は私が頑張るべきではないだろうか。自分の気持ちには、とうの昔に気づいているし、強くなっていく一方である。
あいつだって頑張ったんだ、次は私が頑張る番だよな。とりあえず、私はクローゼットにある数枚の白衣をみながら思う。
「ごめん、大和……私は大和のライバルであることをやめるよ……大和のヒロインになりたいんだ。さっきさ、ゆっくりでいいっていたけど、私はもうおさえられないんだよ」
さきほどのあいつの笑顔が、言葉がよみがえり私の胸をドキドキと刺激する。関係を進めたいと思っていたのは私だけじゃなかったんだ。嬉しさと、先へ進むことへのわずかな恐怖を感じながら私は白衣をしまう。ありがとう……私はこれからはライバルじゃなく、ヒロインを目指すよ。彼とのつながりである白衣にお礼を言って私は決意を固めた。だって、もう、素直になるって決めたから。待ってるだけじゃ、だめだってわかっているから。
「あいつにもっと好きになってもらうにはどうすればいいかな……やっぱり料理とかかな……」
いつか、大和が彼女の手作り弁当を食べたいとか言っていたのを思い出し、とりあえず私は冷蔵庫の中身を確認することにした。
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