30.祝勝会

「部活お疲れ様、甘いものでも食べようじゃないか、クッキーを作っておいたんだ。食べるだろ」

「おー、気が利くな、ありがとう。じゃあ、紅茶でも飲むか、良い茶葉を持ってきたんだ」



 俺達は慣れた手つきでお茶の準備をする。里香は料理はそこまで得意ではないが、正確な分量を量ったりするお菓子作りは得意なのだ。

 お盆にお茶とクッキーを持ってきた里香だったがいつもと違う、クッキーの形に気づく。いつもは四角とか丸という無機質な形だというのに、今日は何やらハートの形があったりする。なんかの心境の変化かな?



「じゃあ、いただくか、おお、うまい。腕を上げたな」

「ふふ、ありがとう。大和はこれくらいの甘さが好きっていってたもんな。この紅茶もなかなかいいね」

「だろ、里香とこの前行ったカフェでこの紅茶気に入ってたろ? 茶葉が売ってたから買ってみたんだ」

「ふふ、なんかいいね、こういうの」



 そうして俺達はお菓子を食べながら雑談をする。ここ最近ひたすら勉強だったという事もあって、ゆっくりとしたこの時間が懐かしい。



「それにしても今回はテスト結構頑張ったね、毎回これくらい頑張ってみたらどうかな?」

「勘弁してくれ、こんなの毎月やってたら死んでしまうぞ」

「ふーん、大和ならもっと頑張れると思うんだけどな。そんなことよりもだ、その……今回はありがとう、私のためにがんばってくれて……本当に嬉しかった。でも、私は別にあんなやつに何を言われても気にしてなんかいないんだ。だから無茶はしないでほしいな」

「あー、まあ気を付けるよ」

「絶対同じような事するな、こいつ……」



 里香が言っているのは俺が負けたらパシリになるという話だろう。俺の煮え切らない返事に彼女は唇を尖らせた。そうして会話が一瞬途切れると里香が、少し緊張した面持ちで言った。



「そういえばさ、大和はこの前告白の練習をしていたけど、やっぱり彼女とか欲しいのかな?」

「あー、そりゃあ欲しいけど……里香もそういうの興味あるのか? 告白されてもめんどくさそうにしてるところしか見てないが……」

「私だって、女子高生だぜ、多少は興味あるさ。ただ、誰でもいいってわけじゃないだけだよ」



 そう言って彼女は本棚にある一冊の本のカバーを外した。その本は「彼を夢中にさせる方法」と書いてある。うそだろ、こいつの部屋にそんなのあったのかよ。しかも、彼って事は特定の相手をしめしているわけで……視線を感じて見た先には彼女が顔を真っ赤にしながらも意地の悪い笑みをしながら俺をみつめている姿だった。その瞳はまるで俺が何かを言うのをまっているかのようだ。

 なんだろういつもの里香の部屋なのに不思議な雰囲気が流れる。ああ、そういえばテスト勉強の勢いで、俺は彼女をデートに誘ったのだ。彼女はそれをどう思っているのだろう、遊びではなく、デートに誘うというただの幼馴染ではしない行動をした俺を彼女は思ったのだろうか? 俺は相手の出方をみるためにも彼女をみつめながら軽口を叩く。



「へぇー、誰か夢中にさせたい奴がいるんだ。それって俺の知ってるやつ? もしかして俺だったりして?」



 そう問いかける俺の言葉は震えてなかっただろうか? 催眠術の時の出来事で、両想いなのではないかとは思っていた。そして今回の灰崎とのテストバトルでより強くそれを感じだ。俺の胸がドクンドクンと激しく動くのがわかる。気分はまるで死刑宣告を受ける死刑囚である。そんな俺をみて、里香は嬉しそうに意地の悪い笑みを浮かべた。



「へぇー、私の好きな人が気になるんだね……あててごらんよ。正解を答えたら里香先生がご褒美を上げるかもよ」

「質問を質問で返すなって昔いわなかったか?」

「あいにく、私は自分より成績の悪い奴に何かを教わる気はないんだよ」



 この女ふざけんなよぉぉぉぉぉぉ。ヒントくらいくれない? なんでここでクイズなんだよ!! 結構勇気出して言ったんだけど!! でも、ここが分岐点だろう。意地の悪い俺の幼馴染は俺に楽をさせてはくれないらしい。だったら俺が言うべきだろう。二人が新しい関係へと進む言葉を……

 俺は深呼吸をしてから汗をぬぐうためにハンカチを取り出した。するとその拍子にポケットに入っていた紙袋も落ちて、中身が飛び出る。あ、近藤さんじゃーん。



「…………」

「…………」



 部屋を沈黙が支配した。さっきまでのいい雰囲気はふっとんでしまう。そして里香の顔が真っ赤になって、俺から距離をとって大声で悲鳴を上げた。



「けだものぉぉぉぉ!! お前、普通そういうことをする前に色々あるだろう!? 告白とか!! 手をつなぐとか!! デートとか!! キスとか!!」

「待て待て待て、これには深い事情が……いや、そんな深くないけど色々あるんだよ!!」

「あ……撫子ちゃんかい? ちょっとうちに獣が現れたから退治するのを手伝ってくれないかな? 女の身体を狙う汚らわしいメイド好きな獣だ」

「やめろぉぉぉぉ、撫子が口をきいてくれなくなるだろうが!!」



 家族を巻き込むのは反則じゃないか? ただえさえ反抗期なんだぞ。ゴミでも見る目でみられたらどうするんだよ。一旦距離をおいて里香が落ち着くのを待って、事情を説明する。全ての責任は青木に押し付けといた。あいつの好感度は無茶苦茶さがっただろうが、仕方ない。



「ふん、まあ、信じてあげよう。優しい幼馴染に感謝するんだね」

「だいたいお前相手にそういう気持ちがおきるわけないだろ」



 あまりに偉そうな里香にムッと来たのでつい軽口を叩く。またやってしまった、俺は口を開いてから後悔する。いや、本当は抱き着かれた時とか無茶苦茶興奮するんだけどな。本当の事をいったら調子にのりそうなんだよな。



「ふーん、そういうことを言うのか……」



 そういうと彼女は挑発するような笑みを浮かべて、立ち上がってスカートのすそを軽くめくった。その生足に視線が集中してしまう。相変わらず美しいな、世界遺産かな? 



「やっぱり、凝視しているじゃないか、生脚で興奮する変態が!!」

「なんだと、異性と二人っきりの密室で露出する痴女が!! 誘ってんのか、ああ!?」

「はっ、どうせ私に手をだす勇気なんてないくせに!! メイド好きのへたれ変態め!!」

「変態って言う方が変態なんだよ!! お前、そんな事言って俺の部屋で俺の匂いとか嗅いでんじゃないの?」

「そ、そんなことをするはずないだろう!! 大和の方こそ、私が着た後のメイド服とかもってにやにやしてるんじゃないのか?」



 ひとしきり怒鳴りあって疲れた俺達は、さっきのぎこちない変な雰囲気も消え一息ついた。というか素直になるって決めていたのに結局こうなってしまうのはなんでだろうな。ちょっと仕切り直しをしないと……里香も同じ気持ちだったのか彼女の方からとある提案をしてきた。



「気分転換にちょっとゲームをしてみないか?」

「ああ、いいけど……お前の家ゲーム機あったっけ? あれか、また将棋でぼこす気なのか? 角と飛車抜かれて負けると心に来るんだけど」

「いや、これだよ。昔大和が買ってくれた奴さ」



 そういって差し出してきたのは催眠術の本である。またこのパターンかい。まあ、可愛い里香が見れるからいいかと思う。一応記憶はない設定なので、毎度お決まりの会話をするとしよう。



「いや、確かに自己催眠はすごかったけどさ、こんなんかかるはずがないだろ」

「そうかな。意外と効果あるかもしれないよ。よかったら私にかけてみないか? もしかしたらエッチなことができるかもしれないよ」

「え?」


 そうして彼女は意地の悪い笑みを浮かべながら、俺に五円玉を差し出した。いつもとは違うパターンに俺は少し困惑をする。

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