7.赤城里香と催眠術(ヒロイン視点)
私、赤城里香と緑屋大地は幼馴染である。それ以上でもそれ以下でもない。まあ、思春期まっさかりの高校二年生で、男女でありながら、良好な関係を築けているといのは中々稀有なケースだと言えよう。お互いの両親が共働きな事もあって、それぞれの家を気軽に行き来するという習慣があったのも関係性を維持できている理由の一つかもしれない。そうでもなければ良くも悪くも有名な私と彼が一緒いる事はなかっただろう。
私としては彼ともっと親密な関係になりたいのだけれど、どうも天邪鬼な性格と無駄に高いプライドが邪魔をしてしまい、彼に可愛らしいことが言えないのだ。やはり、涼風さんみたいな可愛らしい女の子が男の子はすきなんだろうなぁ……私は裏口からこっそり脱出して、コンビニで購入したアイスを持ちながらため息をつく。別に私はもてないわけではない。今でも月に一度は告白されるが、彼らは私の顔と物珍しさから告白してきているだけにすぎない。私が本当に告白してほしいのは……彼が今頃涼風さんといるのを思うと胸がもやっとするのを実感する。
だいたいあの時「私も大和の練習をみたい」とかいえばよかったのだ。なのにそれができないからこんな面倒なことをしている。わざわざ彼の練習が終わって昼飯をたべているであろうタイミングに彼の好きなデザートを渡すなんて言う口実がなければ素直に会いに行くことすらできないのだ。私が体育館に向かっていると大きな声が聞こえた。中学からこの気持ちを意識して、高校生になった今でも私たちの関係に変化はない。それとなくアピールをしてるんだけどなぁ……
「----------俺はお前が好きだーーー!! 付き合ってくれ」
体育館の中から大和の声が聞こえて、私は耳を疑った。まった。あいつは何を言ったんだ? あそこには大和と涼風さんがいるわけで……いけないことだとはわかりながら私はあわてて体育館に入る。私の視界に入ったのは仲良さそうに話す、大和と涼風さんだった。
「おーい、二人とももうあがってしまったかな?」
私は内心の動揺を隠しながら、平静を保って二人に声をかける。すると涼風さんはこちらを見て、大和になにやら耳打ちをして立ち上がった。大和はこちらを見てから、涼風さんを見て、なにやら照れたような笑いを浮かべた。そんな二人をみて私は胸がざわめくのを自覚する。なんだよ、今の笑顔は……あんな顔普段私には見せないじゃないか。
だからだろうか、大和と話しているのに普段よりもきつめになってしまう。会話を続けながらも、内心の動揺はどんどん大きくなり彼の次の言葉で爆発してしまった。
「気のせいじゃないか、あーあれだ。バスケ好きかみたいな……」
「そうなのか、まるで告白みたいな感じだったけどね、まあ、ただの幼馴染の私には関係ない事なんだけどな」
幼馴染だからこそ……付き合いが長いからこそ、この男が嘘をついているというのがわかってしまう。だからだろう。すごい拗ねた感じになってしまった。私の言葉に大和はため息をつきながら次の言葉を言った。
「まじで、どこまで聞いてたんだよ。だーもう、いいや。告白の練習だよ。告白の練習をしていたんだよ」
「告白の練習だって……?」
その一言で私は自分の頭が真っ白になるのを感じた。その後の事はよくは覚えていない。私はうまく平静を装えただろうか?
彼と別れて、教師に体調不良を伝えて私は家に帰らせてもらった。自分の布団の中で私は一生分頭を使っていた。人は私を天才などというが、こんな時にどうすればいいかもわからないのだ。
これでも色々頑張ってきたつもりだったのだ。大和の妹の撫子ちゃんから大和の好きなものを聞いたり、母にニヤニヤされながらもナチュラルメイクを習った。通販で「彼を夢中にさせる方法」という本を買ったりした。ちなみに今朝読んでいたのはそれである。もし、あいつが本の内容を聞いてきたら見せて意識させてやろうとか考えていた。
でも、そういうのを読めば読むほどどうすればいいかわからなくなってきたのだ。本には、彼に甘えてみろとか書いてあるが、あいつとはずっと友達や家族のような距離感だった。今更女っぽさを出すのはなんか恥ずかしいし、私が彼に甘えて、キャラじゃないとか言われたらもう立ち直れないだろう?
「うう……どうすればいいんだ……」
彼は誰に告白するのだろう。もしかして本当は涼風さんに告白をしていたのではないだろうか? 彼女は女性らしい可愛い女の子だ。大和が好きになるのも無理はないと思う。でも、あいつに彼女ができるのか……私の方が絶対誰よりあいつのことを想っているのに……私は宝物が入ったクッキーの箱を抱きしめながら呻く。
さっきも、体育館で会った時に私も好きだとか言えばよかったのだろうか。彼が告白する前に私が告白してしまえばよかったのだろうか……私が頭を抱えていると、スマホがなって、ラインの通知がきた。大和からだ。どうやら私を心配してお見舞いに来るらしい。それだけで私の胸が暖かくなるのを感じた。鏡をみるとにやけた顔をしている私がいた。
なんだこれ、ずるくないか? こっちは色々悩んでいるのに、こんな一言で幸せになってしまう自分が憎い。八つ当たりと言うわけではないけれど、私はいつものようにスタンプで返信する。本来ならば、告白の事をさりげなく聞いたりしたいのだが、それでは負けた気がするし、何よりもあのバカに気持ちがばれるのはまずい。そりゃあつきあえたら嬉しいけど……もしも、拒絶されて距離をとられたらと思うと……
「おじゃましまーす」
私がどうしようかと考えていると大和の妹の撫子ちゃんがやってきた。そういえば大和からラインが来ていたな。私はベットから起きて彼女を出迎える。
「大和から体調崩したって聞いたんですけど大丈夫ですか? ゼリーとか買ってきましたが食べますか?」
「ああ、ありがとう。後でお金は払うからレシートをもらえるかな?」
「大丈夫ですよ、大和からもらうんで!! それより里香さんは休んだ方がいいですよ」
「うーん、さっきまで寝てたから眠くないんだよな」
ごめん撫子ちゃん、大和に彼女ができるかもって思っていてもたってもいられなくなってさぼっただけなんだとは言えず私はとりあえずベットに腰を掛ける。大和の事で、テンパっていたのだろう。私のベッドからクッキー缶が転げ落ちて、一冊の本がぶちまかれた。
「これは……『サルでもできる催眠術』ですか?」
「ああ、中学の時に大和がくれたんだ。あいつ馬鹿だよね」
「これを……女子にプレゼント……うわぁ……」
私の言葉に撫子ちゃんが、ドン引いた顔でため息をついた。誤解のないように言っておくが、私の趣味ではない。大和が中学の時に私の誕生日にくれた本だ。天才ならなんでもできるだろ? ってからかう口調で。あの時は皮肉を返したものの、大切にとってある。どんなものでもあいつからのプレゼントは嬉しいものだ。
「うちの大和がすいません……アクセサリーとかにすればいいのに……でも、この本すごい大切にとってありますね」
「まあ……なんだかんだプレゼントされたものだからね、乱雑に扱うわけには行かないさ」
「こんなものもらったら、私だったら大和に投げ返しますけどね、里香さんって結構可愛いですよね。こういうところをみせれば大和もいちころだと思うんですけどね」
「い、いったい何のことかな……」
おそらく今の私は顔が真っ赤になっているだろう。現に撫子ちゃんはそんな私をみてにやにやとしている。彼女には何度も相談しているので気持ちはばれているのだが恥ずかしいものは恥ずかしい。
「でも、こういうのって本当に効果があるものなんでしょうか?」
「スポーツ選手がやっている自己催眠とかはあるよ。もっとも人によってかかりやすい、かかりにくいはあるけどね」
「へぇー面白そうですね。ちょっとやってみてくださいよ。確か心理学もかじってましたよね、里香さん」
「まあ、いいけど。効果があるかはわからないよ」
私はさっと本に目を通してやり方を学ぶ。暇なときに一度読んでいたこともあり頭の中にあっさりとやり方が入っていった。そして、彼女の目の前で5円玉をひもに結んで垂らす。
「ほら、撫子ちゃんはこの五円玉から目を離せなくなーる」
笑いながら五円玉をみていた撫子の目が徐々に揺れる5円玉から目が離れなくなっていく。なんか表情もとろんとしてきたけど大丈夫かな? 彼女には悪いがちょっと実験させてもらおう。
「撫子ちゃん、君は猫だ、にゃーと言ってみてくれないかい?」
「にゃーにゃー」
本当に言ったぁぁぁ!! てか、可愛いな! 私も猫の真似をすれば大和に可愛いと思ってもらえるだろうか…? いや、ないな。あいつのことだからすごい馬鹿にして動画とかとりそうである。
しかし、私には催眠術の才能があったようだ。もう一度じっくりと本を読んでいると私の頭に名案が浮かんだ。これで大和に催眠術をかけて、好きなタイプや、私をどう思っているかを聞けばいいのではないだろうか? そうすれば今後彼に対してどう攻めればいいかの突破口もわかるはずだ。さすが、私である。「綺羅星高校の才女」は伊達ではない。
数分読んで、いくつか実験をして催眠術は完全にマスターした。そして、申し訳ないが撫子ちゃんにはリビングで寝てもらうことにした。やはり大和と二人っきりになりたいからね。
撫子ちゃんに毛布をかけた私はいつ彼が来てもいいように準備をする。さっき寝てしまったのだが、汗臭くはないだろうか、さすがにシャワーに入る時間はないので、母の高い香水を勝手に借りる。まあ、大和を落としたいときには使えとか言っていたので問題はないだろう。悲しい事に母にも私の気持ちはばれているようだ。母にいじられるのは苦痛だが気にしない。というか気づいてないのは大和だけな気がする。あいつはなんなんだ。鈍感ラブコメ主人公なんだろうか?
あとは、通販で買ってみた可愛らしい寝間着をクローゼットから取り出した。普段はこんなものは着ないのだが、変ではないだろうか? もしもの時のために買っておいてよかったと思う。普段はあまり大和に女性らしさを意識されてぎくしゃくするのが嫌だから、こういう格好はしないのだけれど、今日は特別だ。このままでは知らない女と大和が付き合ってしまうかもしれないし、何よりも私は幼馴染から卒業したいのだから……
自分で言うのもあれだがスタイルは良い方だと思う、胸はあの子ほどはないけれど、脚には自信がある。準備のできた私は深呼吸をして心を落ち着かせる。大丈夫……私なら……私と催眠術ならやれるはずだ。
そのタイミングでちょうどピンポーンとインターホンがなった。どうやら大和のようだ。さっそく試してみよう。私はひもがついた5円玉を持って、意地の悪い笑みを浮かべながら彼を部屋に誘うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます