第13話「幻想」

 簡単に恋は始まり、そして終わる時も同じで、連続ドラマの最終回とは似ても似つかぬ終わり方をすることを私は知っている。

 いや、身に染みて知っている。


 いまのわたしに他人と競う理由はない。っていうか、競う相手もない。


「俺の理想の女は二次元にしかない」


 わたしは、アラサーの三次元女だから、彼の興味の範疇はんちゅうに入ってないと思う。

 この問題については深く考えないことに決めた。


 そう思っていたのに、誘われてノコノコ出てくるってどうなんだ?大丈夫か?私。


 待ち合わせたのは、いつもの焼き鳥屋、先に来た私は烏龍茶を注文した。


 これから気になる男と過ごすわけだけど、私はお酒を飲めない。


 酔って意中の男にしなだれ掛かるという簡単なスキルさえ持ち合わせていないから、未だに嫁にも行けてないのだ。


 悠介の好きな鶏皮とつくね、時間の掛かるとり釜飯をとりあえず注文して。窓の外で降りしきる雨を眺める。


 梅雨の終わりに降る雨は、大放出サービスをしてるとでも言うように大粒の雨を地面にプレゼントする。


 歩道と車道の境い目が見えなくなるほどの豪雨の中、少し遅れて悠介が現れた。


 服のままシャワーを浴びたのかと思うくらいびしょ濡れで、念の為にバッグに入れていたハンドタオルを手渡した。


「おっ、サンキュー、さつきにしては気がつくな、良い嫁になるってタイプか?」


「うるさい、黙れ!そんなんだったらとっくに左手の薬指に指輪してるわ」


「いい女やと思うねんけどな」


 こんなことを言うわりに、きっと同じベッドで寝ても指も触れないのだろう。

わしゃわしゃと髪を拭きながら悠介が呟く。

「俺と一緒に住んでみる?」


 いま、なんて言ったのさ。

 どう返事をしたらいいのか混乱しすぎてわからない。


 わたしは三次元で、人間の女で、この人はそういうのが駄目なはずなんだよな?

わけのわからない幻想の世界にいるんだと思っていた。


 でも、いまの状況って、口説かれている気がするのは何故なのだろう。

 必死に自分のなかの言葉を探す。

そこに追い討ちをかける悠介の言葉が放たれた。


「誰かと一緒に暮らすことを思い浮かべてみたら、さつき、お前しか頭に浮かんで来ないんだよ。一回どうよ」


「何よ、今まで二次元にしか興味ないって言ってたよね」


「あ、めでたく卒業した」


「部屋にはたくさんフィギュアもあるよね」


「ほとんど、メルカリで処分した、まぁどうしても手放したくないのは少し置いてるけど」


「ようやく厨二病から卒業したってこと?」


「そ、そういうこと、お前のために」


「何それ、恩着せがましいやん」


「で、返事は?」



レモンサワーと、ネギまや砂肝を注文しながら、追加の注文するみたいに軽く聞いてくる。

だから、私も、なるべく軽く返事をする。



「まぁ、お試しってことで」


「つくねと、とり釜飯お待たせしました」


「とり釜飯でお祝いやな」


「なんか、安いな、安すぎんちゃう? ま、それでいいか」


こんな恋の始まりだっていいのかもしれない。




 それから五年が経ち、二人には可愛い双子の女の子が生まれた。

(もちろん授かり婚)

 悠介はヲタク丸出しで、アスカとレイと言う名前を推して来たが、私は断固として受け入れず、キラキラネームとは程遠い名前に決めた。




 でも、悠介に秘密にしていることが一つある。

 中学生の頃から腐女子ってことを……まだバレてないから多分大丈夫。




 ❉おしまい❉

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