第12話 ☆*「天体観測」


 仕事帰りの交差点で空を見上げる、薄い雲に覆われた空には星も月も見えない。


 遠距離恋愛を始めて一年、気が付けば空を眺めることが多くなった。


 街の景色は違うけれど、空は繋がっていて二人が見上げた空には同じ月と星が見える。


 いつの間にか、遠く離れてしまった気持ちをたぐり寄せるようにしてお互いの心に嘘をつくようになった。


 会いたい時にすぐに会えないのがこんなに辛いとは思ってもみなかった。


「遠距離恋愛なんて、由佳に出来るの? 」


 あの日、親友の紗奈に言われたことを思い出す。


 月に一度は会う約束もしていたけれど、晃輝こうきの仕事は土日にもくい込むことが多かった。


「ごめん、来週帰れなくなった」


 その言葉を何度聞いただろうか?


「そっか、仕事なら仕方ないよね、今度はいつ会える?」


 その言葉を何回言ったのだろうか?


 私がこんなに寂しいのに、晃輝は平気なんだろうかと思うことが多くなった。


 あの頃の二人はいつも一緒だった、同じ部屋で過ごして、同じベッドで眠った。


 いつもベランダから二人で並んで空を見上げていたのに……そう思うと涙が溢れる。



 ━━Stellarum━━


 天体観測出来るアプリを開いて空にかざすと、いつものように星の名前が表示される、シリウス、ベテルギウス、プロキオン

 同じ場所から見るからいつも同じ星しか見えない。


 それは、私がこの場所から動けずにいるからなのだ、もう少し違う空も眺めてみてもいいのかもしれない。

 そう思いながらも動き出せずにいる自分。





 ✩.*˚✩.*˚✩.*˚


 私は家路に向かい一歩一歩、歩いていた。

 やがて坂道の右手に児童公園が現れ、私は公園のベンチに座って空を見上げた。

 空を見つめながら、私はとうとう堪えきれずに涙をながした。

 このまま一生止まることがないのではないかというくらい涙が後から後から溢れ出した。

 ひとしきり泣いたあと、ようやく立ち上がったときにLINEメッセージではなく音声通知を知らせる音がなった。


「由佳、今どこにいる? 」

 涙声を隠すようになるべく明るい声で、返事を返した。

 

「珍しいね、電話かけて来るなんて、これからアパートに帰るところ……」


「そうなんだ、ほら、空を見上げてみて、月が綺麗だよ」


 さっき眺めた時とは違って、雲の切れ間から大きな満月が顔を出していた。


「ほんとだ、まんまるのお月さまだね」


 二人が眺めているのはたったひとつの月で、こうして離れている恋人たちは同じように月を眺めているのだろうなと思った。


 スマホを耳にあてながら、話しながら歩いた。

 角を曲がればあの頃から住み慣れたアパートが見える。


「もうすぐアパートに着くよ」


 アパートの階段に腰掛けた晃輝が私の姿を見つけて手を振った。


 会いたくて仕方なかった彼の姿が見える。


 スマホ越しに私は呟いた。


「ばか」


「ばかが参上しました」


 そう返事をしながら晃輝が駆け寄って来て私を抱きしめた。


 私は人目をはばからず、顔を覆って泣きじゃくった。


 まだ、もう少し同じ空を眺めてみよう、晃輝の背中越しに見た空には大きな月と小さな星が煌めいていた。


(了)


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