第11話「矛盾」

 どうしてあの日、彼からの告白に素直になれなかったのだろう。


 ずっと好きだった人に告白されるなんて思ってもみなかったからなのか、自分に自信を持つことがなかったからなのか、三年たった今でもわからない。


「柏木ってさ、いつも遠くを見てるよね」


 不意に話しかけられたあの夏の日から、彼の事が気になり始めた。


 地方の中学から転入してきた私の制服はクラスでも浮いていたけれど、卒業までの一年はそのまま過ごして良いと教師に言われて、同級生がブレザー姿の中、紺色のセーラー服で通った。



 初めこそ、話題になって他の教室から見に来る人もいたけれど、次第に空気のような存在になった。



 それは、目立ちたくない私にとっても好都合だったし、殻に閉じこもるのには最適で、休み時間には本を読むことに没頭出来た。


 物語の中で、色んな感情を知ることもできるし、妄想の世界では大胆な行動にも移せる。


 そんなある日、市の読書感想文コンテストに応募していた私の文章が最優秀賞に選ばれた。




 朝の時間の校長先生のお祝いの言葉にクラス中が騒ぎ始めた。


「へぇー凄いね、柏木さんって、大人しくて本ばかり読んでるし目立たないけど、こうして話題の人になれるんだ」

 クラスでも目立つ川崎さんの馬鹿にしたような言葉に私は傷付いたけれど、何も言えなかった。


 別に目立ちたくなんてなかった、好きな本を読んでるだけで良かったし、それだけで私は自分らしくなれただけなのに。


「お前らさ、それってイジメじゃん」


 松下君は川崎さんたちに聞こえるように呟いた。


「別にイジメてないじゃん、松下君、変なこと言わないでよ」


 松下君の言葉に強い声で反論してきた川崎さんの口調はキツかった。


(どうしよう私のせいで)



 チャイムが鳴り、それで話が終わって、ほっとした。


 それから卒業までのあいだ、クラスの女の子達から、より一層空気のように扱われた。


 そんな苦痛も松下君がいてくれたおかげで乗り越えることができた。




 卒業式の朝は、冷たい雨が降る寒い日で、自転車ではなくて歩いて学校へ向かった。


「柏木、おはよう」


 松下君だった。


「あ、おはよう、寒いね」


 二人並んで歩くのは初めてで、緊張した私は言葉を選びながら話すからしどろもどろになる。


「とうとう卒業だね、今までありがとう」


 その後に突然松下君は私に言った。

「俺たちつきあってみる?」


 好きな人からのそんな言葉は嬉しいに決まってる。

 でも、私は素直になれなかった。


 矛盾してるかもしれないが、好きだからこそそれ以上の関係になるのが不安だった。


 返事が出来ずに下を向く私に、「あっ、ごめん、分かったから、もう忘れて」


 松下君はそう言うと寂しそうに笑った。


 そんなこともあったけど、私たちは卒業後も時折連絡を取り合った。


 松下君の存在はいつも近くにあった。


 もう遅いのかもしれないけれど、今度は私から告白してみようと思う。



 ━━来週の日曜日久しぶりに一緒にランチでも行こうか?━━


 そのメッセージにすぐに既読が入った。


 ━━OK!いい店探しとくよ━━


 この思いを伝えるまであと数日、素直になれるといいな。

 スマホを閉じて空を見上げた。

 朝から降り続いていた雨が上がり、雲の隙間から顔を出した太陽が私を照らしていた。




(了)


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