第8話✤ないものねだり

 欲しいものを欲しいと言えなかった子ども時代、家に帰ってからどうしてか「買って」って言えないのだろうと悲しくなる。


 新しくお母さんと呼べる人が出来た時に私は初めて言われた、『もっとわがまま言ってくれた方が嬉しいんだよ、それがないものねだりでも、言葉にすればきっといつかは手に入るからね』


 わがままなのではないのか、子ども心に気を使い過ぎる可愛げのない女の子

 それが私だった。


 そんな私が大人になった。


 優しい彼氏が欲しい、その眼差しを私だけに向けて欲しい、というかそんな恋をしたことあった?


 ないものねだり?


 誰かに上手に甘えたりするのが苦手な私は、あの日の母さんの言葉に今でも戸惑う。


 好きになったのは真面目な男の子、同級生の中でも目立たない眼鏡男子。


 何となく話すようになっても、お互いにぎこちなくて思いを伝えることもないまま卒業式を迎えた。


 桜の花びらがたくさん落ちて風に舞う道の途中で、心の中に母さんの声が聞こえた気がする。


 ─自分の気持ちに正直になるんだよ、言葉にすればきっといつかは手に入るからね─


 あの日追いかけたあの人の背中に桜の花びらが一枚


 今ではいつもそばにいる大切な人になった。


(New花金day参加作品)


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