第3話『セックスフレンド~最終話』
自分でも笑ってしまうくらい声が震えていた。
(思ったよりも、ちゃんとショックを受けてたんだ……)
僕がいつも洗面所に置かれている二本の歯ブラシや揃いのマグカップを見ない振りをしていたのを、君はきっと知らないんだろうと悲しくなった。
逢えない平日に、本当の恋人に抱かれているのだろうかと思うと苦しくて、虚しくなる。
誰かのものだと思っていても愛さずにいられないことを初めて知った。
遠距離恋愛だった彼女にも正直に話した。
『他の女の子を抱いた』
その言葉に安心したように別れを告げた彼女は、既に誰かの奥さんになっている。
僕が悪者になった方がよかったと思うし、後悔はしていない。
そして幸せになって欲しい。
偶然がどうの、縁がどうのと言ったのは半分本音で、残りはその場しのぎだった。
確かにタイミングは重要だと思うが、自分たちの場合は事情が違っていたのだ。
❅❅❅
セックスフレンドとして始まった僕の片想いは半年を過ぎた。
(どうして恋は、ままならないんだろう)
もう逢えないと言った彼女を、最後だからと呼び出した。
最後に僕の気持ちを伝えたい。
明日香はベンチに座りながら、ぼんやりと木々を眺めていた。
遅咲きの八重桜がかろうじて花を残し、月明かりに照らされている。
こんな風に緑と接するのも久しぶりで、僕はめいっぱい息を吸い込んで明日香の座るベンチの横に座る。
僕を見上げる甘えたような眼差しや、春の陽だまりのような笑顔を僕は自分だけのものにしたい。
沈黙の後に言葉を絞り出す。
「──ずっと好きでした、それだけを伝えたくて」
明日香はくしゃりと笑って、返事をせずに僕の胸に飛び込んで来た。
「馬鹿じゃないの。こどもじゃないんだから」
言い返したいのを必死にこらえ、僕は「ごめん」とだけ絞り出した。
「私、ずっと前から彼氏なんていないし、男の人を信じられなかったの──だから──」
思ってもみなかった言葉に驚いた。
「大丈夫、何とかなるよ」
魔法の言葉を唱えてみたけれど、魔法使いのようには効かなかった。
「葉桜ってね、夏の季語なんだって」
そう言いながら明日香が僕の頬に口づけた。
首筋に絡められた手に僕は両手を重ねて、潤んだ瞳に映る情けない自分の顔を見た。
より広い世界に向かって、心は開いて、その世界を丸ごと受け入れようとしている。そこには良いものも悪いものもあるが、それをひっくるめて世界は美しいのだ。
本当に価値のあるものは、より高く、より広く見なければわからない。
「あの時彼氏がいるって言ってたのは嘘だったの? 」
「うん」
「彼氏のマグカップも? 」
「うん」
泣き出しそうな明日香の震える身体を抱きしめて、長いキスをした。
紡いだ言葉だけではなくて、お互いの身体を重ねあった二人の恋はこれから始まる。
恋の模様は人それぞれ、それでも、大事なことは同じはずだ。
TheEND
セックスフレンド~両片思いの恋人たち(隠されたサブタイトルです)
ハッピーエンド好きなのでこんな終わり方になってしまいました。最後まで読んで頂きありがとうございました。
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