13話

 モヤ婆がシャッターに近づくとノックに返事した。


「うるさいね! 今日は休みだよ!」


 するとノックは止んですぐに向こう側から声が返ってきた。


「なんだよー。おばちゃんいるじゃん。いつも開けてる時間なのに閉まってるから心配したよー」


 子どもの声だった。パトローラーではないことに安堵したモヤ婆はやれやれといった様子だ。


「今日は臨時休業なんだよ。菓子なら他の店で買いなよ」

「お菓子買いにきたんじゃないよ。父ちゃんのおつかいでタバコを買いにきたんだよ。おねがーい、ここじゃなきゃ遠くにしか売ってないタバコだから開けてよー」


 後ろを振り向くモヤ婆。姿は見えないが魔力を感知してまだルチカの箒は来ていないことが分かる。このまま子どもを帰してもよかったが、店の前で騒がれたら少し面倒だと考え、念のためにとある魔法を使って本当にシャッターの向こう側に一人しかいないことを確かめてから、施錠魔法を解いてシャッターを開けた。

 やんちゃそうな子どもがモヤ婆を見て生意気に文句を言う。


「おばちゃん元気そうじゃん。なんで店閉めてるんだよー」

「うるさいね。たまにゃあたしだって休みたいときはあるさね」


 彼が頼まれていたタバコを渡して金を貰うと、子どもは笑顔で、良かったー、と嬉しそうにする。


「あんたの親父に言っておきな。タバコぐらい自分で買いにこいってね」

「やーだよ! いい小遣い稼ぎだもんね!」


 買い物を済ました彼はあかんべえとしたあと走って帰っていった。肩をおろしながらシャッターを閉じようすると、ぎりぎりのところで誰かの足が阻止するようシャッターに挟んでくる。


「俺にもタバコ、売ってくれないかな」


 子どもの声ではない。


「・・・・・・今日はもう閉店さね」

「ならタバコは諦めるがね。せめてこいつを上げてくれないか。足が痛い」


 まだルチカの箒は来ていない。ここで無理に閉めてしまうより、相手にして時間を稼ぎながら気をそらすほうが賢明だと判断したモヤ婆はシャッターを持ち上げる。


「へへへ・・・・・・久しぶりだな」


 足を挟んできたのはベンスだった。モヤ婆とは面識があるらしく、彼女もベンスを見るとシワをさらに深めてしかめっ面になる。


「見たくない顔だ。足を引っ込めてさっさと帰りな」

「そうもいかないんでね。タバコは諦めるが、今日は仕事で来たんだ。おまえさんには魔導パトローラーに情報を提供する義務がある」

「任意だろ。義務じゃない」

「義務さ。俺とおまえさんの仲だとね」


 ベンスの後ろのほうにプロテが物静かに佇んでいる。彼は二人のやりとりを観察しながら顔見知りなのだと判断できた。重圧、プレッシャー、緊張感の漂う空気に旧友に会いにきたものでなく、複雑な事情を垣間見た。


「今日は用事があるんだよ。明日出直してきな」

「へへへ、客でもきてるのかい?」


 なかを覗こうとするのをモヤ婆はあえて止めなかった。ここからでは姿は見えないが、どうせベンスも魔力を感じることはできるのですでにバレているのは承知しているのだ。


「待たせてるんだ。話がしたいんならさっさとしてくれないか」

「明日でなくてもいいのかい?」


 揚げ足をとるようにとぼけるベンス。


「いいからさっさと話しなよ」


 ルチカはまだ出て行かないのか、このままベンスたちに強行突破されては止めることは難しい。モヤ婆は表情には出さないが内心焦っている。


「娘さんには子どもがいたよな」

「・・・・・・なんの話だい」

「娘は父親似だった。目は青かったがおまえさんほど怖い目はしてなかったはず」


 突然娘の話を切り出されて、対応に困る。一体どういう風にせめてくるのか検討がつかなかった。


「おいプロテ。この婆さんの目、よく見てくれ」


 指示された通りプロテはじっとモヤ婆の目を見る。記憶を引き出してあのときぶつかった少女の目と照らし合わせる。


「なるほど・・・・・・同じ目ですね。年の違いはあれどハッキリと分かる」

「ってことは孫か。俺にはまだ紹介してくれてないよな」

「あんたら、さっきからなんの話を」

「今日はおまえさんの孫に会いに来たんだよ。モヤ」


 ベンスがふいをつくようにして店のなかへ入る。一瞬の油断に侵入を許してしまったモヤ婆は慌てて魔法を使いシャッターを閉じる。反応ができなかったプロテは外に置いてけぼりをくらって急いでシャッターを開けようとしたが開かなかった。

 店内の構造を知っているのかベンスは迷いなくルチカたちがいる部屋までやってきた。年を感じさせない脚力で普段のだらけている彼からは想像もできないほど機敏な動きだ。モヤ婆も急いで彼の後を追うが、すでにベンスは部屋に到達済みだった。


「へへへ・・・・・・」


 モヤ婆が部屋に着くと、そこにはベンスしかいなかった。どうやら間に合ったようだ。だがベンスすぐさま室内の状況を目視、目星をつけてすぐに判断。大声でプロテに叫ぶ。


「プロテ! 裏から出て行った少女を追え! 箒に乗っている!」


 外でガチャガチャとシャッターを開けようとしていたプロテはそれを聞き、すぐに上空を見渡す。すると離れたところに二人の少女が一つの箒に乗って凄い勢いで飛んでいくのを確認すると、慌てて自分も箒に乗り追跡を始めた。


「一足違いか・・・・・・あいつが捕まえてくれるだろうけどね」


 まるで我が家のように遠慮もなく机の前に座ると、タバコを吸い始めた。


「ベンス。あんたあの子をどうするんだい」


 モヤ婆も諦めたように向かいに座る。


「孫には用がないのさ。その子のお友達を保護しなくちゃならないんだよ。仕事だからね」

「・・・・・・殺すのかい?」

「そのつもりだ」


 当然だろ? と言わんばかりの軽い返事。仰向けに寝転がると、大きく煙を吐いた。


「本当なら、おまえさんを本部にしょっぴくところだけど、昔のよしみでそれはやめておこう。口を割るとも思えんしな。なにより俺はそこまで仕事熱心じゃない」

「さっきまで仕事仕事とうるさく言ってたくせにね」


 二人は特に話すこともなく、風の音が聞こえるほどの沈黙を過ごす。


「一つ、頼みがあるんだがね」


 モヤ婆が口を開く。


「しばらくでいい。あの子たちのことはあたしに任せてくれないか」

「そいつは無理だ」


 ベンスはタバコを灰にする。


「マルクが黙っちゃいない」

「それは分かってるよ。どうせ今はあんたが任務を背負ってるんだろ。その間だけでいいんだ」

「なにが目的だ」


「始祖の魔女の意志」


 ベンスの眉が動く。


「あたしの孫があの子との出会いで。もしかしたら」

「夢物語だな」


 モヤ婆の言葉を冷めた口調で遮るベンス。


「俺たちはどうあがいても、始祖の魔女の意志を継ぐことなんてできない。空を飛ぶことなんて、な」

「あたしはまだ諦めていない」


 表情を緩ませて小さく笑うベンス。自然にこぼれた笑みのようにも、嘲笑のようにも見えた。


「どうせ、プロテに捕まれば終わりだ」

「それなら大丈夫さね」


 上体を起こして、なにが大丈夫なんだ、とベンスが不思議がる。


「あの子なら、逃げ切るさ」

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