12話
ルチカとハンナは状況が判断できなかった。できるだけの事情をモヤ婆から伝えられていないからだ。
「どういうことだよ。ハンナをアタシの家で匿えってさ」
魔導パトロールから狙われると告げたのちに、モヤ婆は彼女らに身を潜めるために一度家に帰れと言ったのだ。
「説明したいけどね、あまり時間がないんだよ。後であたしも行くからとりあえずあんたらは先に帰っておきな」
「なんだってんだよ。ハンナが本当に異世界から来たんなら、やっぱり魔導パトロールに預けるのが一番じゃないか。あっちから来てくれるなら待っておけば――」
矢継ぎ早にしゃべるルチカの口が突然閉じる。自分の意思ではなく、モヤ婆が指を空に滑らせていたのが原因のようだ。必死に口を開けて言葉をはこうとするルチカを見ながら、魔法を使ったんだ! とハンナは妙にワクワクしていた。
「姦しいねまったく。仕方ない、確かになにも知らなかったら下手を打ちそうだし。でも聞いたらさっさと帰るんだよ」
「お、お願いします」
納得のいってなさそうなルチカの代わりにハンナが返事する。
「簡単に言うとだね。異世界召喚術を魔導パトロールのごく一部の連中が利用しようとしているんだ。この魔法は異世界の人間を呼び出すだけでなく、こちらの世界の人間を異世界に送り出すこともできる。こいつを利用して異世界に魔導師たちをいくらでも送り出せることになる」
「それとわたしが狙われるのと、どう関係しているんですか?」
「送り出す際にまず異世界の人間を呼び寄せないといけないんだ。異世界ってのは無数に存在するといわれている。つまり手探りで異世界に行ってしまうことはどこに繋がっているか分からない扉を開けるのと同じさ。向こう側が地獄か天国か、賭けるにはリスクが高すぎる」
「とんでもない世界に行ってしまう可能性があるってことですね」
モヤ婆はその通りといった様子で頷く。
「だからまずは異世界の人間を呼び寄せるほうがまだマシだってことだね。それでも十分危険な行為であることに変わりはないさ」
「言いたいことはなんとなく分かりましたけど。やっぱりわたしが狙われる理由が・・・・・・」
「ハンナちゃんは魔法が使えない」
モヤ婆の一言の意味がはっきりと分かったわけではないが、ハンナは嫌な予感がした。
「あんたの世界には魔法がない。合ってるかい?」
「ええ・・・・・・実在しません」
「ならば魔法に対抗する手段は皆無だね」
ハンナは少し考えた。対抗とはどういうことか。武力という点で言えば自分の世界にも恐ろしい武器は山ほどある。ならば皆無ということはないのではないだろうか、と思いついたところあたりで、自分の体が全く動かないことに気がついた。意識はある、動かそうとする意志もある。が、動かない。突然のこと過ぎてハンナは固まったままパニックになる。まるで自分だけ時間が止まってしまったかのようだ。
「ごめんよ。今解いてあげるからね。レモド」
モヤ婆が詠唱しながら指を動かすと、さっきまでの硬直が嘘のように体がいつも通りに動かせる。だが緊張感、恐怖によって思考が止まってしまう。
「こんなものは魔法を使えるものなら簡単に解くことができる。でも魔法を知らない、使えないものなら? 実体験で分かったね」
冷や汗が出てくる。ハンナは初めて自分にかけられた魔法に対してえも言えぬ恐ろしさに包まれる。
「これだけでハンナちゃんの世界、人間には価値があるってことさ」
「価値・・・・・・ですか?」
二人のシリアスな空気のなか、ルチカは必死に口にかけられた魔法を解こうとしているのか口の周りを触っている。そんな彼女をよそに更にモヤ婆は物騒な言葉を出す。
「襲撃するとき、簡単に征服できる世界だってことさ」
徐々にモヤ婆の言いたいことが分かり始めてきたハンナ。そのとき、シャッターを叩く音が聞こえた。一気に緊張感が走るモヤ婆とハンナ。ルチカは話をちゃんと聞いていないせいか単純に唐突な金属音にびっくりしていた。急いでモヤ婆がルチカの魔法を解く。
「レモド! ほら! さっさと箒を呼び出しな!」
「プハッ! なんだよ! もう!」
文句の一つも言いたかったが、モヤ婆の剣幕にたじろいですぐに箒を呼び戻す呪文を唱え目を閉じて遠くにある箒を感じている。
シャッターを叩く音は止まない。ハンナはたまらず半べそをかいている。
「とにかく早くここから離れることだ。裏口から見つからないように飛んでいきなよ」
「んなこと言っても、箒がくるまでにまだちょっと時間がかかるぜ。それに相手が魔導パトロールだったら逃げ切れるかどうか」
「時間は稼ぐよ。それにね」
目を閉じて集中しているルチカの肩に優しく手を置くモヤ婆。
「あんたの飛行術は魔導師並さね。あたしが仕込んだんだ」
半目を開けてモヤ婆を見て、照れくさそうににやりと笑うルチカ。
「早ければ今日中にあんたの家に行くよ。ノックを二回、後に四回、そして最後に一回。これが合図だ。あたし以外を決して家に入れるんじゃないよ」
「あんなところ、おばあちゃまぐらいしかこないよ」
減らず口を叩くルチカの肩に置いていた手でそのまま肩を叩くと、モヤ婆はシャッターのほうへ向かっていった。
それを見てハンナは不安以外にもう一つ、半べそをかいている理由があるので、ルチカに恐る恐る訊ねる。
「あの、やっぱり。わたしも箒に乗らなくちゃいけないですよね・・・・・・」
「嫌ならいいんだぜ。でもそんときゃ確実にパトローラーに捕まるだろうね。捕まりたくないんだろ?」
「うう・・・・・・どっちも怖い・・・・・・」
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