14話

「こわいこわいこわいこわい!」


 ハンナは必死にルチカに抱きつきながら目を閉じて叫んでいる。肋骨が折れるんじゃないかという力で締め付けられているルチカは振り向いてハンナの叫び声より大声を出して注意する。


「そんなに強く抱きしめないでくれ! 集中できないさね!」

「こわいこわいこわいこわい!」


 だめだ、聞いてない、ルチカは諦めた。パニックになった彼女をなだめている暇などはなかった。猛スピードで空を走っているはずなのに、後ろの追っ手と思われる男が近くまでついてきていることに気がついたのだ。


「おばあちゃまの言うとおりだったな。にしてもでっけぇ男だよ」


 プロテは大柄な体を前屈姿勢にさせて箒が見えなくほど体を覆い尽くしている。速い、このままでは簡単に追いつかれてしまう。ルチカは後ろに乗っているハンナというハンデを背負いながらでは単純なスピード勝負では分が悪いと考えた。ならばスピード以外で勝ってやればいい。


「ハンナ! ハンナ!」

「こわい!」


「ちょっと落ちるぜ!」


「こわ・・・・・・えっ? えっ!」


 パニックのなかで落ちるという単語にだけはきっちりと反応を示すと、一瞬からだが軽くなったかと思えば、すごい重力と風力が襲ってきた。なんとルチカは箒を垂直にして真下に向かって落ちる、いや、飛んでいく。


「――――!!」


 もはやハンナは声すら出せずにルチカをさらに強く抱きしめる。予想内、というよりそうさせるためにわざわざ恐怖を煽ったのだが、ぐえっ、とハンナの力に嗚咽を吐きながらもルチカは真剣な表情で地面に向き合う。

 プロテは視界からルチカが消えてなにが起きたのか判断に迷ったが、すぐに考えられる可能性を洗い出しすぐに下を見る。


「あの速さで降下するなんて無茶だ。絶対止まる」


 すぐに彼も降下していく。だがルチカほどの速度は出せない。同じスピードで降下しようものなら曲がりきれずに地面へ衝突だ。だからこそルチカが速度を落とすことを頭に入れてギリギリの速さでせまる。

 しかし速度は落ちない。彼女らを乗せた箒は凄い勢いで地面に近づいていく。


「し、死んでしまうぞ!」


 ルチカの冷や汗は風圧に吹き飛ばされる。ハンナを背負っている分を感覚で計算する。


(いつもより一人分、いや、もうちょっとあるか。その分タイミングを早めれば、いける!)


 箒を持ち上げるようにして曲がる。慣性で落ちていくが、地面すれすれ。垂直から平行へ一気に変わる。スピードはほぼ変えずに急降下からの方向転換に成功する。


「よっしゃ!」


 森の入り口が見える。このまま入り込めば速度が落ちた追っ手をまくことができる。直角飛行を成功させたルチカは余裕を持ってちらりと後ろを確認すると、ぎょっとする。

 プロテも速度を落とさず、ぎりぎりのところで箒を持ち上げるが慣性により地面に衝突しそうになった瞬間、思いっきり足で地面を蹴って反動により強引に曲がりきることに成功していた。


「なんてやつ! やっぱあれは魔導パトローラーだぜ!」


「なんて子だ! 二人乗りであんな急降下からの低速飛行なんて!」


 お互い飛行技術に感心しながらも、箒の追いかけっこは森のなかへとステージを変える。



 器用に木々をぎりぎりで避けつつ追っ手のプロテを撹乱しようとするが、彼は毎回ルチカの飛行したルートをなぞるようにしてくる。距離は詰められないが、このままでは目的地についてしまう。だとすればここまで逃げてきた意味がなくなる。


「完全にまく方法はないもんかね」


 考えてみるが、こんな状況で思いつくほど彼女にも余裕がなかった。せめて後ろに乗っているハンナが策を考えてくれれば。


「あわわわ! ぶつかる! こわい!」


 ルチカ以上に余裕がない。期待はできない。と判断した瞬間にひらめくルチカ。ハンナがなにもできないとしても、二人であることを利用すればいい。だとすれば、小さい頃の自分がモヤ婆に受けた訓練方法でいいものがあった。


(あれならハンナの身は安全だ。けど・・・・・・)


 リスクは大きい。しかもそれはルチカ自身に降りかかる。やる価値はあるのか、失敗すれば捕まるどころか、命すら危ない作戦だった。昨日知り合ったばかりの女の子にそこまで託す価値があるかないか。選択するのはルチカだ。


(ハンナが魔導パトロールに捕まったって、命まではとられはしないだろうし。アタシがそこまでやってやることは――)

「ルチカさん・・・・・・わたし・・・・・・こわいよ・・・・・・」


 ハンナのかそぼい声。弱々しかったがルチカには届いた。


「大丈夫だって。絶対ぶつかったり落ちたり――」

「捕まりたくない・・・・・・!」


 ルチカはハッとする。ハンナは今、飛んでいることだけでなく、追いかけられている恐怖にも耐えているのだ。魔導パトロールを頼れば安心だと言われたが、ハンナが本当に頼っているのはルチカだけだったのだ。ひとりぼっち、ルチカはふと昔の自分を思い出す。

 箒を握る手に汗を感じながら、覚悟をきめるための一押しをハンナに委ねる。


「ハンナ! ひとつ約束してくれないか!」

「な、なんですか!?」

「あんたを逃がすことができたら、アタシと友達になってくれないか?」


 パニックと恐怖のなか、ハンナはルチカがこんな状況でそんなことを言い出す意味が分からなかったが、すぐに返事した。


「な、なります!」


 ルチカは決心した。彼女はまず魔法を使い、ハンナの腕を放してすぐに手を箒に掴ませる。勝手に腕と手が動いたことに驚くが、次にルチカがとった行動にさらに驚愕する。

 足を箒の先端に乗せるように姿勢を変えたかと思えば、箒のうえに立ち上がった。バランスをとりながら足で箒を操作している。さすがに速度は落としているが、そのせいで後ろのプロテが迫ってくる。


「ルチカさん!」


 集中しているルチカは返事をしない。そしてなにか呪文を呟くと、足を動かしながら体を後ろに向けた。風を全身で受けてよろめきそうになるのを必死に耐えながら。


「もうひとつ!」


 ハンナを安心させるためか、口角をあげ穏やかな表情をきめて目を合わせる。


「ルチカでいいぜ」


 屈伸をしたかと思えば、ルチカは大きく跳んだ。

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