9話

 街中から少し外れたところまで歩いてきたルチカとハンナ。都会の喧騒から離れて人もまばらでのどかな場所だった。魔導パトロール本部のまわりほどではないが、店もそれなりに揃っている。街中に比べれば庶民的なものであることが外観や人々の雰囲気で分かる。親しみやすい感じがあふれ出ていてハンナはこちらのほうが親近感が湧いて好感がもてた。

 飲食の屋台なんかもやっていて空腹感を刺激されていると、懐かしさを感じる駄菓子屋のような店を見つけるハンナ。ああ、こういうお店もあるんだな、と思っているとルチカが歩みを止めてまさにその店を指さした。


「ほら、着いたよ」


 と、言われてハンナはルチカのほうを見てから、もう一度お店のほうを見る。


「ルチカのおばあちゃんの家って――」

「そっ。ここさね」


 予想外というか、想定すらしていなかった。店が家であることにくわえ、それがなじみ深い駄菓子屋であることが意表をつきながらも、ルチカが言っていた子どもが好きというのはこういうことなのか、と納得がいった部分もあった。


「おーい、おばあちゃまー」


 ルチカが店のなかへと声をかけると、奥からのっそりと腰を少し腰を曲げた老婆がやってきた。白髪、というより銀に近い色の短い髪で目つきは鋭くどこか隙のない印象を与える。不機嫌そうにみえる表情で一見近寄りがたい空気を醸し出している。


「なんだい。もう音を上げて帰ってきたのかい」


 悪態をつきながらハンナの姿を確認すると、おや、といった様子で彼女を見る。ハンナはとっさにおじぎで返す。


「違うよ! ちょっと街まで行ってたんだけどさ。お金あんまり持ってきてなくてね。飯でも食わしてもらおうかなって」


 ルチカがお構いなしに事情を説明していると、老婆は彼女に叱咤する。


「それより先に紹介すべき人がいるんじゃないかい?」

「そうだったそうだった」


 半歩下がっていたハンナの肩を持って自分の隣に連れてくる。


「は、初めまして。如月華と申します」

「おやおや、ルチカに友達ができたのかい?」


 老婆の目尻が下がる。


「ん、いや。友達っていうか。この子、迷子なんだ」


 少しルチカが言いよどむ。友達という言葉をどこかぎこちなさそうに扱っている。


「迷子だって?」


 じろじろとハンナの全身を見渡す老婆。


「でもこの子あんたの服を着ているじゃないか」

「あー、話せば長くなるからさ」


 ルチカがおなかをさする。先に飯を食わせろという合図だ。老婆はやれやれといった様子で肩を落としてハンナのほうに向きなおる。


「悪いね、挨拶が遅れちまったよ。あたしゃモヤってんだ。あんたも腹が減ってるんなら、うちで飯を食っていきな」

「でも、いきなりお邪魔しちゃって」


 遠慮しようとしたが、ハンナの腹が鳴り空腹であることを知らせてしまった。あっ、と顔が真っ赤になる彼女を見てモヤ婆は豪快に笑う。


「子どもはいっぱい食うことも仕事のうちさね。遠慮で腹は膨らまないよ」

「そりゃそうだ。おばあちゃまの飯を食ってからこれからどうするか決めようぜ」

「・・・・・・はい。それではお言葉に甘えさせていただきます」


 モヤ婆に着いていき、店の奥へと入っていくと住居スペースがあった。どうやら普通の家を改築して店を経営しているようだが、案内された部屋がどう見ても和室だったことにハンナが困惑する。そんな彼女を気にも留めずにルチカは靴を脱いで和室にあがり、ちゃぶ台のような机の前であぐらをかく。モヤ婆はさらに奥にある台所に行き料理を始めながらルチカに聞く。


「なんだっていきなり訪ねてきて飯を食わせろってんだい。魔力でも尽きちまったのかい」

「いや、単純に歩いてここまできてさ。運動で腹が減っちまったんだ」


 彼女らのやりとりを聞きながら、ハンナも靴を脱いで和室にあがって正座して部屋をよく見渡すと、日本の家とは少し違う。置物や机の材質、家具なんかは古い西洋風なもので違和感が強い和室だった。


「にしてもだね。街までくるときゃ金ぐらい持っておきな。一人ならいいが、お連れさんのことまで考えてやりな」

「まさか歩きでくるとは思ってなかったからさ、箒ですぐ行って帰ると思ってた」

「ご、ごめんなさい」

「ハンナが謝ることないさ」


 モヤ婆ができあがった料理を運びながら二人の会話を聞いて疑問をぶつけた。


「その子の名前はキサラギハナって言ってなかったかい」

「長い名前だろ? アタシはハンナって呼んでるんだ」

「名は人を成す重要なもんだ。正しく呼んでやりな」

「大丈夫です、ハンナで。ある意味正しいですから」

「そうなのかい? あんたがそういうなら」


 各々の前に食器を置いていると、ハンナの目の前に見慣れたものが置かれた。先端が細い二本の棒、箸にしか見えなかった。


「これって・・・・・・」

「知っているのかい。トゥーアの国のものだ」

「使いにくいんだよな、これ」


 ルチカが文句を言いながら子どものようにわしづかみで箸を持つ。モヤ婆は対照的に美しく正しい持ち方をしていた。


「まったく。礼儀作法が上達しないねこの子は」

「こんな異国の食器の使い方なんて覚えてもね――」


 反論をしようとしている隣でルチカは、ハンナが箸を持っているのに気がついた。ごく自然に、当然であるかのように箸の正しい持ち方をしている。


「いただきます」

「・・・・・・持ち方が上手くたってね、これは刺して使うもんじゃないんだよ。挟んで使う――」


 ろくな持ちかたもできないルチカがご高説をたれている横でハンナは出された食事の豆を一粒箸でつかみ口へ運んだ。


「・・・・・・やっぱり異国人だね」


 面白くなさそうに箸で芋を刺して口に入れるルチカ。二人の一連の行動を見て、思わず笑いをこぼすモヤ婆。


「ハンナちゃんはトゥーアの出身なのかい?」

「いえ・・・・・・日本です」

「ニホン? 知らない国だ」


 やはりルチカと同じ反応。


「異世界の国だってさ」


 冗談のようにルチカがぶっきらぼうに言い放つと、モヤ婆が表情が一変し、箸を置く。


「異世界だって?」

「変質者に召喚されて、逃げてきたんだってさ」

「それは本当かい、ハンナちゃん」

「ええ、信じてもらえないかもしれませんけど・・・・・・」


「信じるね」


 モヤ婆が言い切る。ルチカもハンナも思わず食事の手を止める。


「なるほど。異世界の人間ならば納得だよ」


 なにか合点がいったのか、箸を持ち直して何事もなかったかのように食事を再開するモヤ婆に対して、今度はハンナが箸を置く。


「なにか知っているんですか? 異世界のことを!」

「ああ、知ってるよ」

「ちょっとおばあちゃま。適当なこと言ってあんまりハンナを期待させるなよ。異世界のことなんか今まで話したこともなかったし、いくら魔法でも異世界に関与するなんて」


「あるんだよ。異世界に通じる魔法が」

「なっ――」


 ルチカは目を丸くして驚こうとしているのをハンナの必死な願いに遮られる。


「お、教えてください! どうやったらわたしは元の世界に――」

「落ち着きな」


 モヤ婆が一喝して、もくもくと食事を口に運び飲み込んでから。


「まずは飯を食いな。腹が減ってたんじゃ冷静な思考はできないよ」


 二人は唖然としながらもモヤ婆のいうとおり料理を食べ始めた。空腹を満たすため、話を聞きたいがため、彼女らの箸と咀嚼は無意識に早くなっていく。


「ゆっくり食いな」


 モヤ婆は軽く笑ってがっつく二人をたしなめた。

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