8話

 一方魔導パトロール本部司令室では、マルクがガラス張りになっている窓から目を凝らして街並みを見下ろしていた。


「入ってくるときはノックぐらいしたらどうだ」


 振り向きもせずに、後ろの扉の近くで壁に背もたれているベンスに注意する。


「ああ、すまんね。年を取ると物忘れが激しくてね」

「傲慢になる、の間違いじゃないのか」

「それは年のせいじゃないさ」


 マルクが軽く笑うと振り向いて、椅子に座り机に向かい、ベンスを睨みつける。ベンスはタバコを咥えたままとぼけた顔をして目を合わせようともしない。


「クシャがやらかした」

「聞いたことのない名前だ」


「召喚研究員だ。短髪で細目の」

「思い出した。あの好色家か。ああいう輩は苦手なんでね」

「奴が昨日独断で召喚をおこなった」


 ベンスの眉がぴくりと動く。

「ふうん。女でも呼び出したのかい?」


 だが彼はあくまで自分とは無関係というスタンスを崩さないが。


「そのようだな。一人の少女を呼び出したらしい。しかも、逃げられたようだ」


 というマルクの言葉で態度が変わる。ゆっくりと彼のほうを向き、表情が険しくなる。


「逃げられた? 結界を張ってなかったのか?」

「不慮の事故で気絶してしまったとさ。張っていた結界は解除されて用意していた箒で逃げられたらしい」

「ヘヘヘ。好色家のわりに女の扱いが下手だね」


 ベンスは笑いながら冗談を言ってはいるが、目は笑ってはいなかった。


「こいつを見てくれ」


 マルクは机の引き出しから本を一冊取り出すと、軽く放り投げる。すると本は落ちずにふわふわとベンスの前まで飛んでいく。ベンスが本を掴むと表紙と裏表紙を確認する。


「可愛らしい絵だな」

「中を見てみろ」


 適当に本を開いて中身を見る。


「・・・・・・読めないね」


 見たこともない字がびっしりと書かれている。


「異世界のものだ。少女が召喚される際に読んでいたものだろう」

「読書中は邪魔しちゃいけないって教わらなかったのかね」


「ふざけるな。事の重大さが分からないのか」

「分かってるから和ませようとしたんだがね」


 一切表情を緩ませないマルク。


「とにかくこの本を読んでいた少女は現在逃走中だ。今回おまえを呼んだ理由が分かったか?」


 読めない文字で書かれた本のページをパラパラとめくりながら、合間に挟まれている挿絵を眺めているベンス。


「へぇ、この世界の絵描きは独特な絵を描くね。こういうの好きだよ」

「・・・・・・」


 マルクが机をドンッと叩くと本がベンスの手から離れ宙に浮いたままでひとりでにピシャリと閉じる。


「そう怒るな。分かってるよ。捜索、確保をしろってんだろ」

「少女の特徴はあまり長くない髪で黒色。茶色い瞳でなにかの紋章をつけた服を着ているとのことだ。言語魔法を受けていないから言葉も通じないだろう」


「あの好色家から聞いたのかい?」

「詳しいことが知りたければ奴に直接聞くんだな。今は独房に入ってもらっている」


「そうさせてもらうよ」

「それと、この件はもちろんだが極秘で進めなければならない」


「分かってるっての。極秘任務は少女を捜索、確保ってことで」

 ドアノブに手をかけて部屋から出ようとしたときに、ふとベンスはマルクに尋ねた。

「ちなみに」


 マルクは机に肘を置き手を組みながら彼の言葉を待つ。


「殺してしまっても構わないのかい?」


 扉のほうを向いているベンスの表情はマルクからは見えない、読めない。


「・・・・・・生きての確保だ」

「了解しました。総司令官殿」


 本気なのか冗談なのか分からない返事をして、ベンスは扉を開けて部屋を出て行った。

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