7話
後ろで受付嬢が頭を下げて彼女らを見送っていると、すれ違いで入り口から痩せ細った白髪の老年男性が煙草を咥えながら入ってくる。そのまま受付に進み気軽に声をかける。
「こんにちは、お嬢さん」
「魔導パトロールへ・・・・・・ってあなたでしたか」
定型文の挨拶をしようとしたときに受付嬢はやってきた男を見て気付く。
「呼び出されて来たんだけど」
「珍しいですね。ちょっと待ってください」
後ろの棚にある書類をその場から動かずに魔法で取り出して手元に持ってこさせてから確認すると、受付嬢は呆れ果てた。
「呼び出されたの、昨日じゃないですか」
「昨日の夜な。寝てたんだから仕方ない」
男は悪びれる様子もなくぼさついた髪をかきながらけだるそうに答える。
「あっ、しかもマルク様からの勅令じゃないですか」
重要な呼び出しだったことにさらに驚き慌てて使いガラスを呼び出してマルクという人物に連絡をいれようとすると、周りの空気がざわめきはじめて、忙しなく業務に取り組む魔導士たちの音が消えている。受付嬢が顔をあげると、すぐに頭を深々と下げることになる。
「ベンス。遅かったな」
老年の男に上空から声をかける者がいた。ベンスと呼ばれた彼は振り向いてから上を向いた。
「あらら。わざわざお出迎えか。マルク」
宙に浮いた箒に腰掛けて足を組んだまま見下ろしたマルクと呼ばれる髪を綺麗に整えた礼儀正しそうではあるがどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出す中年の男がいた。
「緊急だ。さっさと私の部屋まで来い」
一気に空気がひりつく。
「総司令官殿のご命令とあらば」
当の本人のベンスだけはふぬけた声でわざとらしい返事をする。マルクはくすりとも笑わずにしかめっ面のまま飛んでその場を去る。姿が見えなくなるころに魔導士たちは我に返ったかのように動き出して業務に戻る。
「ベンスさん。すぐに行ったほうがいいですよ」
一番近くで見ていた受付嬢が助言した。
「はいはい」
やる気なく抜けた返事をして歩き出すベンスにもう一度声をかける。
「あっ、それと」
ベンスが振り返ると、受付嬢は手を空で切る。するとベンスが咥えていたタバコが口から離れる。
「館内禁煙ですよ」
「吸わないよ。咥えてるだけ」
浮いてるタバコを取るとまた咥えてけだるそうに歩いて階段を上っていく。
「やれやれ。箒で来れば良かったな」
老体にむち打ちながら足をあげて、ゆっくりと最上階にある司令室へと向かっていくベンスを見送って受付嬢がため息をつく。そこへ若い男の魔導士が彼女に話しかけにくる。
「おい、さっきマルク様と話してたあの老人。ベンスさんじゃないか」
「そうよ」
「なに話してたんだ?」
「分からないわ。なんだか緊急事態のようだったけど」
「ベンスさんって凄い優秀なパトローラーだって聞いたことあるけど、ただのやつれた爺さんにしか見えないな」
「そうね。でも実際マルク様に直接呼び出されてあんな態度とれるの、あの人ぐらいなものよ」
「総司令官のマルク様にはみんな頭があがらないもんな」
「それにしても、一体なにがあったのかしら。あの人がここに来るのも珍しいのに。マルク様がわざわざ出向くのだって普通じゃあり得ないことなのに」
二人は顔を見合わせて同時に首をかしげる。
外に出て街中に戻ったルチカたちはウィンドウショッピングをしながら喋って時間を潰していた。
「それにしてもやっぱ魔導パトロール本部は緊張したなぁ。いつか絶対アタシもあそこで働くんだ」
ルチカがハンナを連れ出したのは溢れる高揚感を聞いてもらえる相手になるからだ。
「ルチカさんは魔導パトロールに入るのが夢なんですね」
「そうさ。あそこに入れるのは一部の人間がなれる魔導士のさらに一部。選りすぐりのエリート集団さね」
「そんなに凄いところだったんですね。でもそんなところに入ろうとしているルチカさんも凄いです」
「いや、ハハハ。今はまだ夢って感じだけどね」
照れるように笑っている。ハンナはなにも知らないので純粋に尊敬してくれているが、他の人に話せば笑われるのが普通だった。だからこそ話し相手はハンナがちょうどよいのだ。
話をしながら店のウィンドウを覗くと、魔法に関するものがたくさん売られておりハンナもだんだんとテンションが上がっていく。
「うわぁ。箒の専門店や薬の材料みたいなのと魔術書っぽいのも。ここらへんのお店は全部魔法のお店なんですね」
彼女はこの世界の文字が読めないために見た感じでしか判断できなかったが、それでも店の雰囲気や今まで見てきた映画なんかと照らし合わせるとなんとなくは分かった。
「魔導パトロール本部が近いからさ。ここらへんは品揃えがいいんだぜ。上質なものが多くて値段も張るけどね」
「なるほどです。そういえば、杖とかはないんですか?」
いろんな魔法道具が揃うなかで、なぜか定番ともいえる魔法使いが使うような杖がどこの店にも置かれていなかった。見慣れた箒よりも杖のほうがハンナの関心をひいていたのだ。だがルチカは渋い顔で聞き返す。
「あんた見かけによらずに過激だね」
「過激? ど、どうしてですか?」
「杖を見たいなんてな。アタシらが簡単に入れる店じゃないぜ」
「・・・・・・?」
異文化ならず異世界交流のギャップを感じるハンナ。ルチカがなにを言いたいのか分からない。
「どうしても見たいか?」
「いえ、やっぱり、なんか、いいです」
真剣に聞いてくるルチカに不吉なものを察して断る。
そうこうして時間をつぶしているうちに二人ともおなかが減ってくる。
「腹減ったな。いったん帰るか」
「はい・・・・・・って、あれ?」
賛同したは良かったが、よく考えればここにくるまで徒歩で三時間はかかっている。つまり家に帰るのも三時間はかかるということだ。
「あの、歩いて帰るんですよね」
「そりゃハンナ次第さね。箒は呼んだらくるから帰りは空でもいいぜ」
またハンナは選択を迫られる。空腹に堪えながら長時間の徒歩で帰るか、空の恐怖に耐えながら箒で帰るか。究極の選択、ハンナは頭を抱えてしまった。
「こんなことならお金も持ってくれば良かったな。店で食事して・・・・・・ん? ちょっと待てよ」
ルチカも正直言って空腹で歩くのはキツいものがあったのでほかの選択を考えていると、ひとつだけ思い浮かぶ。でもそれはハンナの了承が必要だった。
「ハンナさえ良ければなんだけどさ、もうひとつ選択肢があるぜ」
「それにしましょう!」
「まだなにも言ってないぜ」
頭を抱えていたハンナが脊髄反射で近づきながら返事をするのでルチカが思わず突っ込む。
「近くにおばあちゃまが住んでいるんだ。近くといってもちょっと歩くが、家に帰るよりは早く着くぜ」
「それにしましょう!」
「落ち着けって・・・・・・」
よっぽど早く状況を打破したいのか、ぐいぐいと近づくハンナの押しの強さに少しひいてしまう。
「おばあちゃまの家にいけば飯も食わしてくれるしな」
「おばあちゃまって、ルチカのおばあちゃんのことですか?」
「ああ、そうだぜ」
ここでようやくハンナが冷静を取り戻して自分が図々しい選択をしようとしていることに気がついて腰をひきながら慌てて遠慮しはじめる。
「でも突然お邪魔しちゃったらご迷惑なんじゃ」
「ハハハ、おばあちゃまはいつもヒマしてんだ。それに孫がきて喜ばない年寄りなんていないぜ」
確かに孫であるルチカの訪問は喜ぶかもしれないが、赤の他人であるハンナに対してはどうか。なにより彼女自身もまだルチカに気を遣っているのに、その身内にお世話になるというのも気が引けるのだ。
遠慮しがちなハンナの手をとると屈託のない笑顔でルチカが安心させる。
「おばあちゃまは子どもが好きなんだ。心配いらないって」
ハンナはルチカに引っ張られてなすがままに着いていく。彼女の強引さに戸惑いながらも代わりに決断してくれることに有り難さも多少ながら感じていた。
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