二章 魔道パトロール
6話
果てしなく続くと思った草原も風景が変わりはじめ建物が見え始める。田舎から都会に続く道、まるで文化が急成長していくさまを見ているかのように周りに人や家が立ち並び始める。周りの人間はハンナから見れば人種のるつぼ。いろんな髪色、肌の色、性別、服装、合衆国のように様々な人種が集っているようで日本在住の彼女からすれば新鮮な光景だった。
「すごいなぁ。ヨーロッパみたい」
と感想を述べているが、彼女はまだヨーロッパどころか日本から出たこともない。今は異世界にきているのに行ったこともない外国のイメージと比べている。
「ほらほら、あんまりキョロキョロするなよ。人も増えてきたしよそ見ばっかしてると」
ルチカがちらっと後ろを見て観光気分で歩みが遅くなるハンナを注意をしていると、前からくる人とぶつかってしまった。
「イテッ」
自分が人にぶつからないようにと注意しようとしたのにその自分が衝突してしまって恥ずかしげに頭をかきながら謝るルチカ。
「ご、ごめんよ」
相手は大柄な男性でびくともしていなかった。
「いや、こっちも不注意だった」
軽く会釈して男性は歩き始める。ハンナは自分のせいでルチカが彼とぶつかったと感じて彼女もすれ違い際に男性に謝罪の念を込めて軽く頭をさげた。男性はそんな彼女を見て少し足を止めそうになったが、また軽く会釈だけして過ぎ去っていった。観察された気がする、ハンナはそう感じた。もしかして絆創膏ブラなのがバレたのかな、と頬を染めて今さら人が多くなったことで視線を気にするようになり思わず手で胸を隠す。
「ほら、行くよ」
ルチカはルチカで照れ隠しで急ぐように歩き始める。ハンナもよそ見をやめて急いで付いていき出来るだけルチカに近づいて胸に視線を集めないようにした。
「ルチカさん。まず服屋さんに寄ってもいいですかね?」
気が気でなくなりルチカに尋ねると、冷ややかで嫉妬が交じった目線で胸を見られる。
「行ってもいいけど、お金ないよ」
「あっ・・・・・・はい」
仕方なくぴったりとルチカの後ろに付いていきながら、抑えきれない好奇心でまた周りを見渡すハンナ。
よく見れば空には人々が箒に跨がって飛んでいる。老若男女の区別なく、一人で気ままに飛んでいたり、グループで楽しげに話しながら飛んでいたり、子どもを一緒に乗せている親子も見かけた。映画の中に入り込んだような気分になりながら進んでいくと、遠くに巨大な建物が見え始めてきたのと同時に周辺の建物も活気が溢れた都会になっていく。
「おっ、見えてきたな。あれが魔導パトロールの本部さね」
石造りの建物が並ぶなか、ルチカが指さした巨大な建築物だけがコンクリートでガラス張りされている科学的近未来風な建物であり異様な雰囲気を醸し出していた。
「あの建物だけ作りが違うんですね」
違和感をそのまま聞いてみるハンナ。
「そりゃ天下の魔導パトロール本部だぜ? いろんな技術を結集させてできてんだ」
なぜか自分のことかのように自慢げに胸を張るルチカ。
「いやぁ、いつ見ても本当に凄い建物だな。ほら、ハンナもそう思うだろ?」
「えっ? ええ」
あまり感心していないハンナ。彼女にとって中世のような街並みのほうがむしろ興味があったのと、そこだけ時代が違うようなちぐはぐさに違和を強く感じていた。
「なんだい。反応が悪いね」
「いえいえ、驚いてますよ」
事実驚いてはいる。だがそれはルチカが予想したものとは違っていた。
それよりハンナはやっと着いたことにほっとしていた。長い道中を超えてやっと辿り着いた魔導パトロール本部。入り口まで来て上を見上げると建物の高さがよく分かる。二人とも顔を見上げているが、心境はお互いに正反対だった。ルチカは心を踊らせているが、ハンナはなにか威圧的なものを感じて不安が消えなかった。
ガラス扉を開けて中に入ると受付にはローブを着たいかにも魔法使いといったような姿の女性が立っている。周りの人はまばらだが忙しそうに歩き回く人もいれば、箒を片手で掴んで宙を浮かびながら背の高さの倍以上にある本棚の本を取りながら読んでいたり、机に座っていくつものペンを浮かせながら書類を書いている者もいる。まさに魔法使いが集ったかのような雰囲気に圧倒されるハンナ。
ルチカが受付に向かうと、受付嬢が笑顔で応対する。
「魔導パトロールへお越しいただきありがとうございます。本日はどういったご用件でしょうか?」
「えっと、迷子なんですけど」
ここまできて魔導士たちに囲まれた緊張感のせいで誘拐された少女を連れてきました。と言えずに迷子と言ってしまったルチカ。
「迷子ですか?」
受付嬢がまじまじとルチカを見る。
「あっ、アタシじゃないですよ。後ろにいるあの子です」
慌てて後ろでキョロキョロと周りを見渡しているハンナを指さす。どちらにしろそれなりに年をとった子だったので、不思議そうに受付嬢は聞く。
「迷子というと、家が分からないということでしょうか」
「家というか、国が分からないというか。最初会ったときは言語魔法も受けてませんでした。あと色々と事情があるらしくて・・・・・・」
誘拐されたことも言おうとしたのだが、肝心のハンナが好奇心にかまけてこちらに来ず、本人抜きではどうも言い出しにくかった。
受付嬢は怪訝な表情で少し考え込んでから用紙をルチカに渡した。
「ではこちらを本人様に記入してもらってから提出してください」
「分かりました」
用紙を受け取ったルチカはハンナのところに戻り、ぼうっとしている彼女の頭を指でつついて戻ってきたことを気付かせる。
「ほら、これに記入しなよ」
「あっ、すみません」
だが受け取った用紙に書かれている文字が一切読めなかった。
「あの、ちょっと文字が・・・・・・」
「読めないのか。だろうとは思ったけどね。アタシが読んでやるよ」
「ありがとうございます」
二人は待合室にある机で記入を始めた。
「ここが、名前。これが年齢、あとこれは出身国だけど、どうする?」
「一応、日本って書いておきます」
ルチカに従って自分の情報を書いていく。
「へぇ。見たことない文字だ。なんだか絵みたいだな」
「そういえば、これ日本語で書いちゃってますけど、読めないんじゃ・・・・・・」
「ああ、大丈夫さ。ちゃんと文字も翻訳する魔法があるさね」
「凄いなぁ。英語の授業で凄く役に立ちそうな魔法ですね」
他にも記入欄には性別や親の名前など基本的な情報、あとは魔導パトロールへ来た理由があった。
「ここはなんて書きましょうか」
「ああ、それなんだけど。さっき思わず迷子だって言ってしまったから、ここに誘拐されて逃げ出してきたって書いてくれよ」
「迷子って言っちゃったんですか?」
少し頬を染めているハンナの額をつつくルチカ。
「あのね、あんたが一緒に来ないから誘拐されたって言いそびれちゃったんだよ。本人が事情を説明しないとアタシが怪しまれちゃうだろ」
「ご、ごめんなさい」
「まあいいけどね。それより召喚されたとかは省いたほうがいいよ。いたずらだと思われるから」
あっ、やっぱりまだ信じてもらえてないんだ。とハンナは今の言葉と昨日の会話で彼女が言わないほうがいいと言っていた意味から察した。
「ショックで記憶喪失になったとか書いたら?」
「記憶は喪失してないんですけど」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか」
渋々と言われたとおりに記入して項目を全て埋め終えた。受付に提出すると、日本語で書かれていることは気にも留めずに受付嬢は用紙を折りたたみ指笛を吹くとどこからかカラスが飛んできた。ハンナは驚いていたが、彼女以外だれも驚いていない様子を見るに、どうやらこれは普通の光景らしい。カラスに折りたたんだ紙をくちばしに咥えさせると、そのまま飛んでいく。
「ありがとうございました。すぐに調査、捜索に入りたいのですが。本日は用件が重なっておりまして、しばらく時間がかかると思われます」
「どれぐらい、かかるんでしょうか?」
役所みたいなことを言われて不安になるハンナが尋ねる。
「早くても本日の夜。遅くても明日の朝にはご報告できます」
「へぇ、やっぱり早いねぇ」
ルチカが感心しているが、ハンナにとっては一日もかかってしまうことに唖然としていた。
「で、でもその間わたしはどうしていれば」
「こちらで保護させていただくこともできますが」
と受付嬢がルチカのほうをちらりと見る。ルチカは彼女がなにを言いたいのかすぐに分かった。
「どうするハンナ。別にあと一日ぐらいならアタシの家にいてもいいし。ここで世話になってもいいと思うぜ」
難しい選択だった。確かに魔導パトロールで保護してもらえば安全は確保できるだろうが、なにも知らないこの世界で警察みたいな場所でひとりぼっちになることになる。それなら同じ年頃のルチカにこの世界を案内してもらいたかったが、それだと世話になりっぱなしで悪いようで気が引けた。
「えっと。えっと」
迷っているハンナにルチカが後押しする。
「せっかくだしちょっと街中を案内しようか? あとで連れてきても大丈夫なんですよね?」
受付嬢に確認をいれる。
「ええ、大丈夫ですよ。魔導パトロールは二十四時間体制ですから、いつ来てもらっても構いません」
「なら後で連れてきますよ。ほら、ハンナ行こうぜ」
半ば強引にハンナの手を引っ張って連れて行こうとするので、ハンナは有無も言えずにルチカと共に過ごすことになる。
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