恋とはどんなものかしら???
母の愛読書ハーレクインは、私のリアルからは程遠い。
令嬢や美女たちが、地位も名誉もある男性にちょっかい出されて、嫌がりながらもひかれていって、ロストバージンするんだけど、その後どうなったか定かではない。
何かパターンがあるらしいが、なぜかヒロインはノーと言わない。
言ったとしたって、怒涛の攻めに押し負けてしまう。
そんなのばっかり。
タイクツだなあ。
ていうか、年鑑で見た男性像とはかけはなれた男性がバンバン出てくる。
私は仕方なく女神を呼んだ。
「お忙しいとは思いますが……女神」
『いいわよ。くるしゅうない。ちこうよれ』
「ハーレクイン読んでれば、恋ができるもんなの?」
『できないわよ』
母め。
「全くおもしろくないんだけど。全部、読んだ方がいいのかな」
『簡単に言えば、お母さんにとって、あなたの夢はこのていどの願望にすぎないっていうしるしね』
せっかく具体的に考えようとしてるのに、水をさされたっぽい。
でもまぁ、この程度のパターンで、キャラクターだけバリエーションをそろえればいいのなら、私も書けるかも。
「女神。私、小説書こうかと思う」
べつに、文章でもってなにかもの申そうとか、そういうんじゃないんだけど。
なにかが違う。
なにかちぐはぐ。
でもなにが違うのかはわかんない。
この胸のもやっとしたなにかを、だれかに共有してもらいたい。
こんなもんでいいんなら、いくらでも書いてやるわよ。
『そう』
「ノートを作ればいいのかな? 原稿用紙に書くべき?」
『まずはインターネットとやらで、友だちができる投稿サイトを探して』
へえ?
「投稿サイトっていくつかあるみたい。どれにしようかなあ」
『カクヨムがいいわ』
「はーい」
カクヨムは、作家さん同士の交流ができるシステムができ上っていた。
『ちょっと待ちなさいよ。どうしてナンセンスギャグしか読まないの?』
え? だって……好きだから?
『あなたが書くのは恋愛ものでしょ?』
「いいじゃんべつに」
女神のツッコミはもっともだけど、うるさいなあ。
初めはなにもかも、操作からしてわからない。
それをフォロワーさんがひとつひとつ、教えてくれたりして今に至る……。
相変わらずギャグコメディばっかり読んでいる。
それでもカクヨムしているうちに、とあることに気づいた。
「れ? この人また長い感想くれている」
そのコメントは、物語の根幹を問うものだった。
私の小説に好意的な応援コメントを寄せてくださるフォロワーさんとは別に、淡々とした印象だった。
「気になるな……」
よし、この人の作品をフォローして読みに行こう。
合わなかったら、合わなかったでイチかバチかよ。
私は応援をくれたその人のユーザーネームをクリックして、ユーザーページをたずねた。
「へぇ、いっぱい。いろんな作品書かれてるんだ……」
ハマった。
ジャンルはビジネスものや、メルヘンや、ナンセンスギャグ、コメディ、児童文学に青春物など、多岐にわたっていた。
「読み切れないのでおススメを聞きたいな」
女神はだまっている。
近況ノートに、できるだけ気をつけて書きこみをした。
▽はじめまして、水木レナと申します。何度も私の作品に感想をありがとうございます。いつもためになるご指摘を下さって、感謝しております。
……書き出しはそんなところだった。
最初の印象が悪いと、おススメを聞くことができない。
憧れの君に話しかけるつもりで、親しみをこめてつづった。
▽私は恋愛を書いているつもりでいますが、あなたのおっしゃったように、リアリティもなければ定型のものしか書いてこなかったし、おそらく、書けません。
……弱点について、言い当ててくれたのはその人だけだった。
だから、食い下がるように、私は書いた。
▽とぼしい読書量や経験のなさのせいでしょうか、ご指摘を受けてから読み返しましたが、何か足りないような気がしてきました。あなたの作品から勉強させていただきたいのでおススメを教えてください。
……きっと、自信作を挙げてくれるだろう、と思っていた。
だけど、返事は……。
▼あなたの作品は、テーマというべき物語の哲学がない。メッセージ性もない。大衆的と言えなくもないのでしょうが、とても文学的とは言えませんね。私の作品ですか? 今のあなたには読解できないと思いますよ。といっても大したことを書いているわけではありません。
……これって、読むなってこと?
拒絶されちゃったわ。
「女神、どうしよう?」
『さあ? 読みたいなら、勝手に読めば?』
「うーん、じゃあこれ」
『なんでこの期に及んでナンセンスギャグを選ぶのよ?』
「好きだから」
半年後。
私はフェイスブックとツイッターのアカウントをとった。
間抜けにも、他のユーザーさんたちから丸見えの公開ノートでやりとりをしているうちに、なんだかツッコんだ話になり、そうするともう人目をはばからねばならなくなったからだ。
▼だから、なんだってヒロインが、強引に性交渉せまられるような場面があった直後に何事もなかったかのように、同じ職場で顔つきあわせてるんですかね? 不自然と思います。
▽極端な話、母のシュミです。大人の恋愛でしょ? 平気なフリくらいしますよ。
▼いやいや、そもそもがセクハラ同然の目にあっても全然二人きりになるのに抵抗ないって、無防備すぎませんか?
▽だって、ヒロインバージンだもの。恋愛経験なくって、わからないのよ。
▼あなたの書くヒロインって、みんな同じですね。クローンなんですか?
▽だって、恋愛なんてわからない!
▼想像力をつかいましょうよ。もっと!
▽限界です! もう、縁を切りましょう。
▼縁を切るって、あなたにとって私の作品はどうなんですか? 聞いたことがない。
▽おもしろいです。
しばらく相手からの返信はなかった。
私は、思い返して続けてDMを打ち込んだ。
▽ナンセンスってあるのに、感動するし、本気で泣いてしまったし、世の中にはギャグで泣かせる人なんているんだって思いました。
▼じゃあ、切れなくていいじゃないですか。
▽え? どういう意味ですか。
▼ここまであなたにつきあって談義してるのを、どういう意味だと思ってるんですか。
真夜中まで語って、結論が出ない。
▼DMじゃらちがあかない。スカイプ使えますか?
▽一応、アカウントはとってます。
女神がとれっていうからさー?
▼じゃあ、そっちで話しましょう。細かいニュアンスが伝わってないみたいなので。そもそも、私はあなたの作品、面白くないとは思ってません。
▽え? そうなの?
▼そもそも、面白くない作品に時間を割かれるのはいやな質なので。
それって、一応は認めてくれてるのかしらとも思ったけれど。
「だいたい、なんであなたのヒロインはだれもかれもが、最後までノーと言わないんでしょうかね」
変わらぬ容赦のなさに、うっと思った。
そうよね……! 私も思っていたの!
「私、そういうお話できる方に出逢いたかったんです! ノーはノーですよね!?」
すがるように言うと、打てば響くように返事が飛んできた。
「当たり前ですよ! 無理やりなんてとんでもない話だ」
私は調子に乗った。
「ちょっと、時代遅れですよね! いくら恋愛経験ないからって誰でもいいわけないじゃないですか!?」
「わかってるじゃないですか!」
おお! これはもしかして、気が合う!?
「相手のスペックとか、一切セックスには関係ないし、人としてどうかが肝心ですよね!」
「もちろんです!」
ああ、私、こういう話がしたかったの! ついに出逢えた! こういう人に!
「だからあそこの展開は、一度考え直したほうがいい。ずっとそれが言いたかった」
「ありがとうございます! やってみます!」
『がんばれっ!』
私の中に、女神の声が響いた。
こういう……こういうこと、だったんだね。
「女神、ありがと……」
「女神って……?」
「いえ……いえ。がんばります」
私は目じりに浮かんだ涙をぬぐった。
二人がその年の十一月、入籍したことに一番驚いていたのは、他でもない本人たちだったとさ。
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