小説を書け!
「小説を書けって? えぇ?」
『知らないの? 言霊って、想いを言語化するだけで働くもんなのよ』
「それでどうして小説を書くってことになるの?」
『だから、あなたには恋を現実にプラン立てすることができてないってわけよ』
「だから?」
『まずはプロット! 理想の恋を、こうなったらいいなっていうところの願望を、書いてすっきりしちゃいなさい! 夢がかないます』
「そんな妄想じみたことを……ムリ」
だって私はこじらせ系。
なんのかんのといっても、恋に恋するこじらせ乙女。
『そんなハズない。今のあなたは恋するパワーマックスよ!』
「何の占い? それ」
『占いじゃない。運命よ。しかも来年になるとそのパワーががくんと落ちてね! なんとむこう三年間はまったくの孤立無援で不幸事が重なるのよっ! 嫌でしょ? こわいでしょ?』
「ふーん」
『あなたがそうのんびりかまえていられるのも、今が幸運期だからなの。うだうだ言いながらも、本気でせっぱつまっていないからなの』
「ねぇ……どうしてそんなに私を助けてくれようとするの?」
『う……それは、縁結びの神としてのコケンにかかわるからよっ!』
「出血大サービスか。だけどそれで小説書いたり、恋のプランを練ったりっていうモチベーションは上がらないなあ」
『でも、そうしないと一層婚期が遅くなる……』
「婚期なんて、大学入った時点で終わってたわよ。院まで行って博士になったら、賞味期限も恋愛偏差値もゼロだった」
『高学歴も恋愛偏差値も忘れなさいっ! 今は胸の想いを形にするの。わかる? 賞味期限なんて、決めつけるもんじゃないんだからっ』
「わっかんないよ。まともなオツキアイなんて、一回もしたことないんだからさー」
『とりあえず表へ出ろー!』
え~~! い、いやだぁー!!!
知らなかったなあ。
私ってまだ買い物をまともにできる神経、残ってたんだ。
ニートなのに、図太いなあ。
最寄り駅近くの紀伊国屋書店の自動ドアをくぐって、そこに映る自分の姿をぼんやり見つめたものよ。
もう何年も変わらぬファッションはあか抜けてない。
周りにいる人とはまるで違う存在感をかもしてる。
家に帰った私はエコバッグをベッドに放り出して、ひとりごと。
女神の姿が見えるワケじゃないし、ね。
「買ってきた」
サッカー選手年鑑、温泉宿特集、ハワイ旅行ガイド。
「これが何につながってくの?」
聞いても女神はくわしく教えてはくれない。
本屋に行って、これを買え、あれを買え、と指示してきただけだ。
仕方がないから、選手年鑑を開いて、みんなが大好きなスポーツマンっていうのを眺めることにした。
「ヒマだなァ……」
別に好みの選手がいるわけでもないし、こんなものでいったい恋愛の何がわかるというのか?
「男はゴツイ、というイメージか……」
『充分よ』
「肉体的に、男性は女性と造りが違うのかぁ」
『そう!』
上出来、と女神はほめてくれた。
私も理屈ではわかってた。
ていうか、知ってるつもりだった。
「男性がこの強靭な肉体を保つために、どれだけのカロリーを消費しているのか、ってこと」
『そしたら?』
「恋愛するなら、男性のよろこぶことをしなくては」
『基本ね』
「じゃあ、料理だわ」
『次に?』
次? 次があるの? それはなあに?
私はじゃらんを開いた。
地方のあっちこっちの温泉宿が、写真や細かい金額など、カラーで紹介されていた。
「正直言っていい?」
『うん?』
「温泉旅行といったら、家族と一緒ってだけとは限らないよね?」
『そういうこと』
「好きな人と一緒に行くとしたら、美容にも気を遣わなくちゃいけないのか……」
あんなことや、こんなことや……ごくり。
ななんか、生々しいけどこれが現実……。
私は紀伊国屋の自動ドアに映った自分の姿を思い出した。
男性には色気と食い気の両方が必要なんだ。
全然、ダメじゃん! 私……。
『こういう情報をやりとりする友達をゲットしなきゃだめよ』
「友達と女子トークは、ちょっと……ハードルが高いなあ」
『そこからですかぁ?』
「引きこもりですから」
次のプランに移行しよう。
ハワイ旅行ガイドは……そんなもん、結婚してから考えるわ!
母にはおどろかれた。
そりゃそうよね、もう何年も「永遠の二十歳」って言って、部屋に閉じこもっていたんだから。
院にまで行かせてもらって、ごめんなさい。
でもそこまで、仰天しなくていいと思うの。
私、永遠の
「お見合いしたいィ!? そんなこと言ったって、お父さんもお母さんも定年退職しちゃったから、ツテなんてないわっ」
撃沈した。
「いたしたいだけなら、ヒニンと口止め料をしっかりするのよっ」
なんじゃそりゃっ。
「お母さん、それって買春じゃないの?」
「大人なんだから、遊びのルールは知っておきなさい」
なんだか恋から一気に性愛オンリーにハードルがはね上がった。いや、地に落ちたのか?
「きいて、あのね。一時の気まぐれじゃないの。本当はずっと前から恋愛したかったの」
「そんな、お見合いなんて、いきなり言われたって」
と言いながら、眉間にしわをよせてマッチングアプリを探してくれる母。
「だから、そういうんじゃなくて」
「遊びたいの? 結婚したいの? どっちなの?」
どっちって!
「恋愛」
母はため息した。
「だから言ったの。いまどき大卒だって働けるところなんて非正規しかないんだから、婚期を逃した中年男性を狙えばって」
「お母さん、それ、前の時言ったけど
「あら、
……もういい。お母さんには期待しない。
「夢も希望もありゃしない」
「そういうのを味わいたいなら、映画でも観たらいいじゃないの」
「あんなのフィクションでしょ? 役に立たないよ」
「あなたって面倒くさいわ」
きっつい現実、突きつけてくる母親の方が、娘はもてあますんですぅ!
「とりあえずハーレクインを読みなさい。恋なんてものがいかにバカバカしい絵空事かわかるから」
「お母さんにとって、恋ってなぁに?」
「たいくつしのぎに決まってるじゃないの! この世はつまらなすぎるから、刺激が欲しくなるのよ」
「別にそういうのを求めてるわけじゃないんだけど……」
「心は純愛、体は大人。そういうのいっぱいあるから、貸したげる」
借りてしまった……。
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