水無瀬さんとの遭遇
「………………ふぅ」
読み終わったラノベを閉じて俺は大きく息を吐いた。
椅子から立ち上がりベッドに仰向けになって瞳を閉じる。今さっき読み終わったラノベの内容がダイジェスト式で脳裏に過ぎる様に身を任せて、読書中に湧きおこった衝動、感情、想いをじっくりと時間をかけて消化していく。
そしてその工程が完了した時、ただ1つの感情だけが色濃く残っていた。
すなわち――――続き読みたい。
俺が読んでいたのは先日の一件で水無瀬ひよりから読めと、強引に薦められて図書室から借りてきた作品で、絶賛今シーズン放送してるアニメを1話切りしただけあって躊躇いあったが、水無瀬の有無を言わせない圧力とGW中どーせやるこないしな、ってことで手に取った。
それでも中々読む気になれずGW残り2日になってようやく重い腰を上げたしだいであるが……。
クッソ面白いじゃんか。
これマジで俺が1話切りしたアニメの原作? ちゃんと伏線張られてるしヒロイン可愛いし、文章もくどくない。しかもイラストレーターまで良いときた。 何でこんないい作品がアニメ化したら、1話からあんな意味わからん原作改変とオリ設定オンパレードになるんだよ。アニメスタッフと原作者の間になんかあったのか? っと疑いをもたずにはいられないレベル。
なにはともあれこんないい作品を教えてくれた、あの白髪のクラスメイトには感謝感謝だな。
脳内のお気に入り作品リストにメモしながら、片手に持ったスマホは
「スピンオフ漫画が2種類と、原作が8巻まで出て来月末に新刊か……」
図書室には何巻まで置かれていたっけな。
学校の図書館に蔵書されているラノベは人気がかなりある。大体1冊あたり5、600円と言えど、高校生にとっては中々に痛い出費。それを無料で読むことができるのであれば……! と、普段は図書館なんて絶対来ねぇだろっていう生徒がよく借りるのだ。
水無瀬にこれを薦められた時の情景を思い出そうとするが、さすがに思い出せない。いや、たぶん5巻くらいまではあるんじゃ、という淡い期待がある。しかし困ったことに、この胸の中で燻る読みたいとう衝動はGW明けまで待ってくれそうになかった。
「買い出しついでに行くか」
ベッドから起き上がり数歩先にある冷蔵庫の中を確認。異状なし、オマケに食えそうなものもなし!
俺はいそいそと出かける支度を始めた。
******
住んでいるマンションから歩いて10分ほどの最寄駅から電車に乗り、目指すは大型ショッピングモールが近い駅。およそ1時間ほどの道のりだが今年のGW期間中全く家から出なかったので、さすがにな? と遠出することにした次第である。
それに5月末には中間考査があってゆっくり外出する時間もなくなる。ならば今のうちに好きな本買って、ついでにゲーセンで遊んで帰るのも悪くないだろう。
と、いつも3倍くらいのお金を財布に入れて降車したのが、丁度正午くらい。
せっかくの遠出ならもっと早く来るべきだったなぁと後悔するも、我ながら突飛な思いつきだったのだから仕方ない。
昼はショッピングモール内のフードコートで済ませたいところだが、この時間帯はおそらく1番混んでいることだろう。少し時間をずらすのなら先に本屋に行ってもいいかもしれない。それから昼飯食ってゲーセン、荷物があると動きにくくなるし買い物は最後で良いな。
ざっくりと予定を立てて俺はモール内の1階にの1角にある本屋へと歩を向けた。
さすがGWと言うべきか人の往来は激しく、改めて今フードコートに行かなった自分の英断を誇りながら本屋へと入店。ラノベコーナーへと一直線に向かう。
「やっぱデカい本屋来て正解だったな。地元の本屋じゃあっても最新刊程度しかないし」
自分の背を優に超える本棚にびっしりと並ぶラノベに関心しながら、家で呼んでた作品の続巻を探す。
ラノベや漫画はたいてい出版社毎に纏めて積まれている。オレのお目当ては比較的マイナーな出版社なので、それさえ見つけてしまえば続巻が売ってるかも一目瞭然である。
お、あったあった。
少し先の棚にお目当ての作品を発見し安堵する。けど前に人いるし、あの子が去ってからの方がいいか。
ぱっと見だが数メートル先にいた女の子はかなり小柄で、隣に俺が並ぶと変に怖い思いをさせてしまうかもしれない。ここは少女が去るまで離れた位置で待っておこう。
隣の棚の本を物色する振りをして、横目で少女が早く退いてくれないか気に掛けておく。第3者から見て妖しい奴と思われてないかが不安だ。
どうかこの時間が早く過ぎてくれますように。しかし少女からは退いてくれる素振りが見られない。
そんなに悩んでるならちょっとくらい譲ってくれても良いじゃんか。それとも人の視線とか気にならないタイプの人?
チラチラと様子を伺うだけじゃ埒があかない。もう多少荒っぽいと思われようと構わず、目当ての本だけ取って会計を済ませてしまおう。
そう思って俺は未だ先客がいる本棚へ歩み寄った。
…………真っ白な髪の少女が自分の背より遥かに高い地点へと一心不乱に手を伸ばす本棚へと。
その光景に
つい先日、学校でもこのようなことがあった。なんなら人物は同じである。
当然のことながら普段学校で見る制服姿のは違い、落ち着いた色のシャツ上からカーディガンを纏い。下はシンプルなデザインのロングスカート。雪の如く白い髪の上にはチェックのベレー帽が載っている。
全くの他人であるならいざ知らず、知人……少なくとも互いがクラスメイトとわかるくらいの仲なら、別に隣に並んでも怖がられることはないだろう。こと水無瀬に至っては近寄ってきたのが
「身長が低いってのも不便だな」
未だ手を伸ばし続ける水無瀬の隣に並んだ俺は、自らの手で自分が欲しい本ではなく水無瀬が手に取ろうとしている本を掴んだ。
さすがに見知らぬ人にやると変な雰囲気になってしまうだろうが、こいつのような容姿の少女は中々いない。
「あ」
小さな声を零した水無瀬は目当ての本を先に掴んだ俺の手を見つめ、それから腕を辿るように首を動かす。やがてクリっとした大きな瞳がこちらを向いた。
相変わらず整った顔だなと思う。それでも俺が緊張せずに目を合わせていられるのは水無瀬があまりにぼーっとした、言い方は悪いが女子らしくない雰囲気を纏っているからだろう。
視線が重なること数秒。彼女は小さな口が微動した。
「…………デジャブ」
「奇遇だな。俺もさっき感じた」
少しだけ水無瀬との距離を取って向き合い、手に取った本を渡す。水無瀬はその手元の本と俺の顔を交互に見やって。
「なんで?」
「なんでって、手届かなかったんだろ?」
「うん」
「だから代わりに取っただけだよ。知り合いが困ってんのに無視できないし」
「ありがと……でも違う」
「違う?」
渡した胸に抱きながら、どこかムスッとした水無瀬に謎の抗議をされた。あれっ、取る本間違えたかな。でもだったら以前みたいに指さすなり口頭で伝えるなりするだろうが。
「まだ成長期」
「…………は?」
「わたしはまだ、成長期。だから低身長じゃ、ない」
ん? んんんんんんん?
えと、それはつまり、これから身長が伸びて最終的には低身長でなくなるから、低身長と断定するのは早計だ。だから取り消せよ……今の言葉。ってことで良いのだろうか。
「いやでも、現にその本に手届いてなかったし」
「成・長・期」
「…………」
「成・長――――」
「お、おう。悪かった」
「わかれば良い」
無表情でわかりにくいけど頑固な奴なんだな。
フンスッと鼻を鳴らす水無瀬。何故か怒られた気分の俺。
とりあえずこの微妙な空気を変えたい。
「あー……水無瀬は1人で来たのか?」
「そう。うぁ……えと……」
「ん?」
「ぁ、名前」
「あぁ、そうかそういえば言ってなかったな」
一応2年になって最初のホームルームで各々自己紹介はしたが、興味のない野郎なんか覚えてもないし覚える気もないよな。俺もこの前、図書室で訊くまで水無瀬の名前知らんかったし。なんなら今でも名前のわからないクラスメイトの方が多い。
「千種優。改めてよろしくな」
「千種、ゆう?」
「そ、優しいって書いて『優』。別に優しいってわけじゃないけど」
中学や高1の自己紹介でも思ったが名前の漢字を説明する時に『優しい』って言葉を使うと、考え過ぎだとわかっていてもなんだか格好つけているように思えてしまう。
そんなこっちの心情も知らずや、水無瀬は何度か頷き納得したように一言。
「ん、覚えた。優も1人で本を買いに?」
「まぁそんなところ。買い出しのついでだけど」
てか、いきなりファーストネームで呼んでくるんだ。中々にフレンドリーだな。それか千種より優の方が1文字少なくて呼びやすいのか。うん、こっちだ。
その時だった。
――――くぅ。
可愛らしい音が前方から聴こえてきた。その音に反射的に水無瀬が自身の腹を押さえる。
誰の腹の虫の鳴き声だったのかは明白。
「悪い。俺、昼飯まだだったから腹鳴った」
それが赤面する水無瀬に俺ができる最大限のフォローだった。
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