千種優の見解
学校では基本……というか常に1人。誰かと話している姿なんて見たことがない。
授業は居眠りなどせず普通に受けているが、教師に指名されたときなんかの声は小さくてロクに聞こえない。上がり症なのか、あるいは極端に目立つのが苦手と考えるするのが妥当か。
ちなみに昼は弁当派。いや、毎日持ってくるレジ袋からは弁当以外にもおにぎりやら総菜パンを出すのだから弁当派とは一概に言えないのかもしれない。毎日モソモソと1人自分の机でささやかな昼食をとっているのを見かける。その様子から友人関係についてはまぁ……深く触れない方がいいだろう。
趣味は十中八九読書。
うちの校則は携帯電話の使用については何も言われてないので、休み時間大半の生徒はスマホ片手に友人と駄弁ったりしている。ところが、彼女はそんな彼ら彼女らに目もくれず休み時間毎に鞄から本を取り出して読書に耽る。
先日の一件から読んでいる本のほとんどは図書室から借りたものだろうと予想できる。読書時間が長いのか、単純に速読なようで日ごとに読んでいる本が違う。
なんとなく図書館の先生に探りを入れたところ、去年の4月から毎月の本の借りた生徒ランキング不動の1位らしい。
曰く――学校1の本の虫。
要するに本好きのコミュ障。
それがここ数日、クラスメイトとして俺が水無瀬ひよりに抱いた印象だった。
「なーに見てんのユー?」
「ん、あぁ。別に」
「別にってなにさ」
席を突き合わせて弁当を食べる黒髪短髪の男子生徒、
津人夢は違うクラスだが俺の数少ない知人で、普段は昼食を共にすることなんて少ないんだが、今日は珍しくやってきた。なんでも昼飯代を忘れたんだとか。要は我の弁当に
別に義理はないが前で居座られてしまい、俺だけ昼飯を食べるというのは第三者の目からはよく映らないだろう。ここまで考えてやっているならたちが悪い。
「も・し・か・し・て。気になる子でも――」
「いないって!」
「普段クールぶってるくせにムキになんのが余計怪しいな」
「クールぶってなんかいるか!」
孜の言葉を遮って制すもまったく効果がない。むしろ楽しそうにさっきまで俺が見ていた方向を探る。
俺が見ていた方向には現在読書に勤しんでいる女生徒1人しかいない。当然のことながら孜は彼女に気づき、口元に下世話な笑みを象り俺に向き直った。
「断じて違う」
「オレはまだ何も言ってねーけど?」
「その顔見たらお前が言いたいことくらいわかる」
「あらやだユーったら、こんなところで俺たちの仲の良さをアピールしなくても……」
「変な言い方すんな! あとその手やめろ」
両手を頬に添えてねっとりとした声を口にする孜は俺をからかうのをやめない。
「照れなくてもいいのによ」
「俺が照れてるように見えるんだったら1回病院で診てもらってこい」
「で? あの白髪の子が気になんの?」
チッ……。あくまで話題を変える気はないようだ。
「気になるっていうか、委員会の仕事で最近よく見るなぁって思っただけ」
「あの子も図書委員?」
「いや違う。ただよく図書館に来るってだけ」
「へー、んじゃ普通の本好きの子かぁ」
「たぶんな」
以前あった図書館や下校中の電車での会話は省いて簡潔に説明する。別に嘘はついてない。
そもそも孜が言う気になるってのはこいつの大好きな下世話……恋愛沙汰って意味に決まっている。しかし俺が水無瀬を気にしているのは単に初めてクラスメイトになった奴がよく目に留まるってレベルのこと。
小中学校でもやっただろ? あまり面識ないクラスメイトの顔や行動を追って無駄に名前覚えたりりクラスで何番目に可愛いとかの位置付けをすること。俺がやってるのはそんな誰しもが無意識にやってような、あえて表現すれば人間観察の一種である。
「可愛いな」
「知らん」
と、俺が自分の行動について分析していると不意に孜が水無瀬の方を見ながら俺に確認するように呟いた。
反射的に応えると孜は顔を寄せ不敵な……実に面倒な笑みを浮かべる。
「嘘つけよ、つかあのレベルの子をどうとも思わないとかむしろおかしいぞ。何お前、不能? それかあっち系?」
「不名誉なこと言うな。オレはそんな可愛い、可愛くないを重視してないだけで」
「でもユー、あっち系ってのは否定しないんだな」
「あ?」
「いや良いぞユー。オレとお前の仲だ。今さら嘘を吐く必要もない。オレはジェンダーにも理解があるできる男だからよ
「否定するのもメンドくせー……」
芝居ががかった態度で言葉を口にする努に嘆息。無視して残り僅かとなった弁当を掻き込んでいると「ちぇっ」といじける様な声が前から聴こえた。
それから空になった弁当箱を片付け孜が自分の教室に戻っていくのを見送ると、長い昼休みも残り5分を残すほど。午後からの授業に使う教科書を机の上に出し準備を終えると、何とはなしに視線が再び水無瀬へと向かった。
彼女は飽きもせず未だに読書に耽っているようで、オレの席から見える後ろ姿は何1つ変わっていない。
「可愛いな」。孜の言葉が脳裏を過ぎる。
たしかに水無瀬の容姿は高水準だと思う。クリッとした目に長いまつ毛。鮮やかな朱唇に鼻筋は綺麗に通っていて、感情に乏しい様は人形のような美しさがある。それでいてかなりの低身長とダボッとした制服が相まって庇護欲を抱く掻き立てられる。
そしてあの
おそらく学年……いや、学校内でトップクラスの容姿であろう。学校はおろかクラスの女子の顔すら把握しきれていない俺が言うのもなんだが。
しかし孜ではないが、あれほど可愛ければ色恋沙汰の噂が何も聞かないのは妙だ。単に俺が耳にしてないのか。
否。簡単なことだ。
「……っ!?」
「あっ、水無瀬さんごめーん」
「……………ぅ」
と、女子の1人が水無瀬の肩にあたってしまい、水無瀬の手から分厚い辞典みたいな本が落ちた。ぶつかった女子は床に落ちた本を拾い上げ謝りながら水無瀬に手渡すと、何もなかったかのように友人と共に自分の席へと戻っていった。
今の一連の出来事だけでも明白。
致命的なコミュ力の無さと読んでいる本が抜群の容姿を打ち消している。
たしかに顔やスタイルが良くても話が面白くなかったり、コミュニケーションが難しいと大概の奴は離れていく。加えて休み時間に1人読書に徹している生徒は根暗だとか友達が少ないといった印象を与え、人に距離を置かれがちだ。しかも水無瀬の場合、あんな分厚い本を読んでいるのだから、教科書類以外には漫画や雑誌くらいしか読まない学生には奇異の目で見られてもおかしくない。
あいつも大変だろうな。
かと言って俺とは友達でも何でもない、ギリギリ知人程度の間柄。何か曲げられない信念の下行動しているわけでもなければ、教室で大して仲の良いわけでもない女子に話しかけに行く度胸すらない。
精々、あの白髪のクラスメイトが平穏な高校生活を送れることを陰ながら祈っておこう。
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