水無瀬さんとフードコート


 俺も水無瀬も連れがいない、かつどちらも急ぎの用事もない。ついでに腹が減っていたという成り行きで俺たちはショッピングモール2階にあるフードコートへとやって来た。

 

「人、たくさん」

「……だな」


 本屋に寄って人が集中するであろう昼時避けたつもりだったが、午後1時過ぎのフードコートは空いている席がないほど溢れかえっていた。GWゴールデンウイーク恐るべし。

 これでは席を確保するのも一苦労だろう。

 しかし今日はラッキーでもある。


「先に座れる席探そうぜ。で、それから交代で好きなモン買ってくれば良いし」


 そう、今俺の隣には水無瀬がいる。

 欲しい料理を買ったあとトレーを持って空いている席を探してウォーキングデッドよろしくフードコート内を徘徊した結果、席についた頃には料理が冷めているなんてことは1人じゃざらにある。

 それになにより1人でフードコートを利用するというのは割と心理的ハードルが高い。カウンター席ならまだしもファミリー用の席しか空いてなくて、そこを1人で使うあの申し訳なさ! あるはずがないのに必要以上に意識してしまう周りの視線! 

 なんで公共施設を利用するだけなのに1人だとこんなにも居たたまれない思いをしなくちゃならんのだ。

 が、それも今日に限って気にする必要がない。

 お前も1人ならわかるだろ? と、隣に歩いている水無瀬に共感の視線と共に提案する。


「って、水無瀬? どこ……」


 返事はなく、振り向いた先に水無瀬はいなかった。はぐれてしまったか。あいつ小さいし十分にありえる。

 つい先ほどまで一緒にいたのでそうは慣れていないはず。辺りを見渡して探すと幸いなことに、すぐ見つけられることができた。

 

「あんまりはぐれないようにしてくれよ。別にお前が1人で食べるってなら構わねぇけど」

「…………」

「俺の話聞いてる?」


 近くで声を掛けてみても水無瀬からの応答はない。

 完全にしかとされてる。いや、どちらかと言うと意識を全部他のモノに持って行かれている。

 

「何食べたいかはわかったけど、今は先に席探さないとだろ」

「うん」


 彼女の視線の先にあったのはスパゲティ専門店。ショーケースに並ぶ品のレプリカに水無瀬の目は釘付けになっていた。

 スパゲティか……良いかもな。

 などと思いながら俺の水無瀬は一旦パスタ屋の前から離れてフードコート内を練り歩く。丁度これから席を立とうとしていた家族を見つけ、変わるように4人くらい用の長テーブルを確保することに成功した。

 椅子に腰を下ろした水無瀬は疲れたようでホッ息を吐き、傍目からわかるほど身体を弛緩させる。

 その様子を見て俺は椅子に座ることなく問うた。


「水無瀬、もう何食べるか決めた?」

「ぇ?」


 俺の言葉の真意が読めない水無瀬はポカンとした表情を見せるも、質問には力強い首肯で応えてくれた。相当腹は減っているらしい。腹鳴ってたしそれもそうか。


「んじゃ俺買って来るよ。会計は後でくれればから」

「でも……」

「疲れてるだろ。それに2人共呼びベルが鳴って料理取りに行ってる間に席取られたら困るし」


 互いの鞄を席に置いて場所の占有権を主張することもできるが、それはそれで盗難されるかもしれない、と思うと不安である。

 それなら役割を分担すればいい。買いに行くのを水無瀬に任せなかったのは、このおっとりというか天然気味なクラスメイトに、人通りが激しいフードコート内を料理を持たせて歩かせるのが不安だから……というのは本人には黙っておこう。


「……んっ、わかった。ミートソーススパゲティお願い。」

「おう、頼まれた」


 やはり最初に見てたスパゲティ屋が気になってようだ。

 俺たちが確保した席はフードコートの隅っこに位置していて、各店舗までの道のりもそこそこにある。注文して呼びベル持って戻ってくることが面倒とすら感じる。

 やっぱり役割分担して正解だな。

 

「あ、待って」

「まだ何か頼むのか?」


 いざ行かん、と来た道を戻るように踵を返した途端水無瀬の待ったがかかった。まさかそのちっちゃい身体でまだ食べるのか……。見掛けに寄らず食いしん坊なのかもしれない。

 

「粉チーズ、多めで」

「――――ふっ。了解。粉チーズ多めな」


 前言撤回。

 水無瀬はただのチーズ好きなだけであった。

 



**********




 長テーブルに並ぶのは水無瀬が頼んだミートソーススパゲティと俺が頼んだエビフライ付きハンバーグ。

 水無瀬に釣られて俺もスパゲティを頼もうか迷いはしたが、俺も食欲旺盛な男子高校生の端くれ。がっつり肉が食べたいという食欲本能が勝った。

 最初は簡単にハンバーガーかワンコインで食えるファストフードにしようと思ってたけど、どうせ偶の遠出だ今日くらいいいだろう。

 食べ始める前に少し印象に残った事と言えば。


「先に食べといてくれっていったのに……冷めてるんじゃないか?」

「大丈夫」


 注文した料理が出来上がるまで俺と水無瀬のモノで結構時間が空いていた。しかも席が席だ。人ごみの中フードコート隅っこのここまで来るのにもそれなりの時間がかかる。

 だというのに水無瀬は一緒に頼んだドリンクに1口も手を付けず俺が自分のハンバーグを運んでくるまで待っていてくれた。

 俺だって逆の立場だったら礼儀として同じことをしたと思う。だけど実際他人であろうと食べ始めるのを待っていてくれるっていうのは嬉しい。


「ありがとな」

「うんん。わたしもありがと」


 相手と面と向かってお礼の言い合いをするのもどこかむず痒かったが、嫌な気はしなかった。

 それから俺と水無瀬はお互いそれぞれの料理を食べ始める。

 ナイフで切った瞬間中から肉汁が溢れるハンバーグは、1人暮らしでしばらく食べても冷凍食品くらいしか口にしてなかった俺には久々の美食だった。中学の頃母さんが作るの見てたけど、ハンバーグって食材色々揃えないといけないから地味に手間と出費がかかってしまい、中々作るのに手が出し辛いんだよなぁ。

 と、内心感涙を流しながら食べていると不意に視線を感じた。


「…………」

「…………」

 

 ――――水無瀬が俺を見ていた。


 正確には俺が食べているハンバーグを。それはもうガン見だった。

 ポカンと口を開け、俺が一口大に切ったハンバーグを口に入れた瞬間、水無瀬も同じように口を閉じる。

 意識の外に追いやろうにも向かい合っている以上、どうしても視界に入ってしまい……。


「1口食う?」


 あまりにも物欲しそうな顔が無視しきれず手を止め水無瀬に声をかけた。

 訊いてみるとビクッ! と水無瀬の肩が大きく揺れた。完全に無意識で俺のハンバーグを追っていたのだろう。一気に頬に朱が差し俯いてしまう。

 その様がどこか親にいたずらをたしなめられた子どものように見えて、可笑しく思えた。

 別に言ってくれりゃいいのに。俺は「少し待ってて」と前置きして席を立った。向かったのはハンバーグを注文した店舗。そこで新しい小皿とフォークをもらってくる。

 席に戻ってきた俺は自分が切り崩していた反対側……何も手をつけていない側面をもらってきたフォークとナイフで切り分けて小皿によそった。


「ほら、ちゃんと手付けてないところだから」

「別に、そんなつもりは……」


 などと水無瀬は言い訳の言葉を口にする。が、さっきまでの顔を見ていればそれが単なる痩せ我慢であることは火を見るより明らか。

 だから。


「それじゃあ俺が食べるけど」

「あ!」

「やっぱ食べたいんじゃんか」

「…………うぅ」

 

 少し意地悪く1度は差し出した小皿を引いてからかってみると、水無瀬は目に見えて落ち込み……やがて観念したようにゆっくりと頷いた。

 引いた小皿を再び水無瀬の方に送ると、普段は無表情な顔にパアッと笑顔の花が開いた。


「ありがと」


 一言お礼を言った水無瀬はさっそくフォークに刺したハンバーグを小さな口いっぱいに頬張った。 

 俺の基準で1口大に切ったものだから女子、しかも口が決して大きくないであろう水無瀬が1口で食べるには当然難しい。しかしそんなのお構いなしに彼女は一所懸命に口を開いてかぶり付いた。

 心なしかリスっぽい……?

 頬が目に見えて膨らんだ状態でモグモグしてる姿が小動物を連想させる。

 あと再度前言撤回しておこう。

 水無瀬ひよりは食いしん坊である。

 もう見るからに食べるのが好きなのが伝わってくるくらい、食べてる時の水無瀬は幸せそうな顔をしている。1年の時はクラス違って、2年になってからもそんなに関わりがあったわけでもないが、普段本ばっかり読んでいる陰気なぼっちな印象を抱かれている水無瀬にこんな一面があったのは意外だった。

 

「…………ん?」

「あ、悪い」

「何が?」


 初めて見る一面なものだから、不作法にも女子水無瀬の食べてる姿を見過ぎてしまった。反射的に謝る。水無瀬が俺の謝罪の意味がわかっていないと気付いたのは後の言葉を聞いてからである。

 それから特に会話が続く様子もなく、仕切り直して俺がフォークとナイフを持とうとした時。

 

「1口くれたから」


 と言いながらフォークとスプーンで皿上のスパゲティを1口サイズに成形する。しかしスパゲティは先刻までと同じように水無瀬の口に運ばれることはなく――。


「お礼」

「お、おうサンキュー」


 俺の目の前にあるプレートへと着地した。

 水無瀬の言っていることはわかる。

 情けや憐れみの感情をかけられてるわけでもなく、純粋な善意であることも疑う余地がない。

 ただどうしても使フォークとスプーンによって運ばれてきたというのが気になってしまう。

 汚いとかそういうことではなく、良いのか? これ何らかの法に触れたりしない?  といった疑心が蟠る。

 俺の考え過ぎなのか、あるいは水無瀬が気にしないタイプなのか。いくら考えても答えはでない。

 でもせっかうもらったものに全然手を付けないのも悪い気がする。

 頭にあった雑念を無理矢理振り払いもらったスパゲティを食べる。うん、考えてみれば別に知人と食べ物シェアとか高校生なら普通のことだし。

 ゆっくりと咀嚼して嚥下。その間ずっと水無瀬はこちらの様子を伺っていて、その目は何かを待っているように感じられた。


「……美味いな」

「うん。美味しい」


 満足のいく返事を聞いた水無瀬はいつもの無表情で深く頷く。


「このお店のもっと他のも食べてみたい」

「まだ食べる気かよ」 


 なんて談笑を交えて俺たちは食事を再開した。

 本当に心の底から美味しそうに食べる水無瀬の顔が可愛くて、少しだけ見惚れてしまったのは胸の内に隠しておきたい。

 

 


 

 

 

 

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