30 こよなき誕生
鳴らずもがなの琴を弄う
瞬く太陽の導くままに空を掘る
眼下には陸地があり
不吉な穴が 信じの砂に深く穿たれている
一緒に、か。リハーサルスタジオに集った一同の中で、イネスが一番先に応える。うん、わたしら昨日、秋田から戻る新幹線の中で話してたんだよね。とアーイシャに目配せを送ると、ああ、だしぬけな申し出だとは思うのだが、どうしても君たちと一緒の仕事に取り組みたくて……と一同を正面から見据えながら言う。いいよ、もちろん。と笑顔で受けたのはゾフィアで、この数週間で、あなたたち二人も色々なことをしてくれたもんね。逆に
だから違うと言っている! と、スタジオの鏡を前にしてまたもアーイシャが
ねえアーイシャ。と後ろから肩を叩く。なんだ……あのね、その意見も正しいとは思うけど、わたしらにはわたしらの舞い方があるんだよ。と諭すと、怪訝な顔で振り向く。その舞い方、とは。うん、アーイシャがAminadabでやってる、幾何学的ですごく統率された動きのダンスもあるよ、昨日観て改めて思ったけどあれはほんとに凄い。でもね、統率されてないからこそ複数のリズムを孕むような、そういうダンスもあるんだ。と話すと、複数の……と飲み込み難いような顔。ね、
揺らぎ……アーイシャは両眼を大きく見開いて呟く。揺らぎ、か……アッラーはそのようなものまでお
小休憩の合間にも、アーイシャは
よっ、の一声とともに、私の頬にペットボトルが押し当てられる。見ると、傍らにゾフィアが座り込んでいた。水も飲まずにずーっと見てるからさー。と笑いながらボトルを床に置く。のを見て、気後れしたように私も冷水のボトルをタオルで包む。ああ、いや、面白いものだなと思って……私らと組むことが? それもだが、リハーサルを通して、アーイシャが次々と初めての表情を見せるようになって……と漏らしながら、鏡の前でなにか冗談を言うイネスにつられて噴き出す
そう、か。とだけ言って黙り込む。そうだ、ゾフィアの祖母がクラクフに呼んでくれたのだって、
百万もの鳩らが
地球の軌道を廻る 血の涙を湛えて
乙女を強いて こよなき誕生を収める
何も起こらないことを祈ろう。と、開演三〇分前に
虚無の中で私は生まれ 大洋と素粒子の中へと入った
造られざる光の中で 神託が浮かび上がった
ってわけで、今回はAminadabのパート増えたから。ああ、滞りなくやるさ。名古屋公演であんな評判だったんだから、今日いまいちやったらツアーファイナルにも響くでー。なんだそのアクセント……
百万もの鳩らが
地球の軌道を廻る 血の涙を湛えて
龍を屠り こよなき誕生を収める
うおー花輪! そうすよーあたしも着いたときびっくりしたっす。あらあーDARAHA BEATSだ、わたしが初めて音源置かせてもらった店……キョードー西日本って、これもしかして古市さんが贈ってくれたのかな……さすがに個人ではないでしょう。でも知念さんのもあるよ、ANDYOURSONGのも! うわーすげーなんか照れくさい。ちぬんも
もう泣くまいよ
やんごとない沈黙が 私の帰路を導くだろう
終わっ、た。これで全部。楽屋に集った全員、誰も口を開かない。そりゃそうだ、一体何が言えるだろう。わたしらがこの夏に
お、着信。なに……【非通知】。こんなタイミングで誰だろ、運営の人かな、それとも
はいもしもし。
この声……聞き憶えが。全部終わったみたいですね、お疲れ様でした。もしかして……
お前……何した。お前、
えっ……それって、まさか。それでは。ちょっと待って
あっ、切れた。なんだよ、なんだよそれ。最期、って、なのにまた会いましょう、って……思いもしない長電話に付き合わされて楽屋に戻ると、もうアーイシャしか残っていなかった。あれ……呆けて室内を眺め回すわたしに、
搬入口に待機していたタクシーに、ホテルではなく
墨をこぼしたような暗闇、その店内の中央に一つ
これが聞こえるってことは生きてるね?
あなた、なの。暗闇から這い出るようにあらわれた姿を前にして、茫然と問うしかなくなる。もうヒジャブは着けていないのか。あの髪、するりと指の間を逃げ抜ける河のような髪。大好きだった。そう、誰にも見せていないものを、わたしの前では露わにしてくれているようで。そしてその眼……深い緑が燃えているような瞳。アーイシャと似ていると思っていたけど、いま前にしているものはやっぱり違う……何度も、何度もその光でわたしを焦がした眼。あなた。
目の前の姿は、無言でテーブルに上体を伸し掛ける。蝋燭の脇に両肘を突き、立ち尽くすだけのわたしを見上げながら言う。そうだよ、
そうだ、
そうだ、いつもこうだった。途中の説明をすっ飛ばして結果だけ言う。今はまだわからなくていいみたいにはぐらかして、そのくせ成って果たされた物をわたしの口に詰め込んでくる。
行ったって、どこに。ヒルトンホテルのエントランスに到着したアーイシャから
我が友。声の方を向くと、エレベーターの中からズラミートが。どうした。どうしたって、知らないのか。向けられたスマートフォンの画面を覗き込むアーイシャ、の姿越しに、エントランス内の様子を見回す。あれ、フロントで立ち働いていたスタッフが……いない。おかしい、さっきまで……歩み寄って見ると、二人倒れていた。まるで突然意識を失ったかのように。これは……
この四人……なに。あるでしょう、共通項が。なんだ、なんの話だ。
何。えっ……なにって、なにがですか。いま呼んだでしょう、私を。いえ、何も……
宵闇にそれは立っていた。あの姿、
音……そうだよ
沈黙。を、破る。
「真に唄うこと、それはもうひとつの息吹だ、
何ものでもないものをめぐる息吹、神の中の飛翔、風。」
そう。やっぱりあなたを選んで正解だった。きっと
テーブルの上で、蝋燭が燃え尽きる。自らを支えていた蝋の海が、
夜が訪れる。
「天使に向かってこの世界を称讃しろ。」
歌。
百万もの鳩らが
地球の軌道を廻る 血の涙を湛えて
砂浜の痕は消える しかし私たちはひとつ
整然たる立ち並び しかし私たちはひとつ
こよなき誕生を収める時が来た
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