Interlude III 抱擁
とは言え、どうすればよい。あんなことをしでかした友に、これからどう向き合えば。
何かあった? 深夜に部屋を訪れたにも拘らず、屈託なく迎えてくれる。もしかして、また人手が要りそうになった。いや、一階ではシーラも看護についてくれているから、とくには。そう。と通り一遍の会話を交わしていると。向こうのベッドから
共用キッチンの前まで歩き、立ったまま話す。
沈黙。が数十秒ほど続く。どうしたのだろう、先程のように淀みなく答えてくれると思っていたのだが、
愛してあげた……私は、あの子を。
ええと……もっと具体的に言ってもらえると有り難いのだが。と再度問い質してみると、
愛してあげたの、私は、あの子を……肉体的に。
沈黙。何を言ったのだろうかこの人は。いやわかっている、いま私が聞き取った文章の意味などひとつしかない。しかし、冷静沈着で礼儀作法もわきまえていると思っていたこの日本人女性は、いきなり私に何を言ったのだろう。ズラミート。ぎりっ、と左奥歯を噛みしめる音が頭蓋に響き、気付けば踵を返していた。あのっ、ズラミート。と呼ぶ声に、左頬だけ向けて応える。君に訊いたのが間違いだった。
女はゴモラを持ち、男はソドムを持たん。そして両の街々がどのような運命をたどったかは聖典に
救護室に戻り、アーイシャの傍らに付き添っているシーラの
夜明け前の礼拝を済ませたAminadabの門下生たちが、モスクの中から歩み出てくる。おはようございます、ズラミート。ああ、おはよう。アーイシャは……大丈夫ですか。今朝の容体を見たところ、平常時と同じ程度には回復したようだ。そうですか、よかった……と三階のフロアで話していると、エレベーターのベルが鳴る……ゾフィア。小さく手を振りながらこちらへ歩み寄ってくる。珍しいな、君がこんな時間に……と言うと、ああ、今日は通しのリハだからね、早起きして身体作っとこうと思って。と目の前で笑う顔、が、徐々に面相を変える。ズラミート、ふたりで話せないかな。ほんの数分でいいから。
聞いたのか、
この、胸から溢れる嗚咽は、厭悪のためか。それとも、もっと別の何か。わからない、わかるはずもない。床に膝をつき、首元に纏わるゾフィアの腕に掌を這わせ、互いの五指を重ねる。ふふっ、実はさ、うちのお婆もやってくれたんだよ、こうやってぎゅーって。耳元で柔らかな
やっと、できた。通しでのリハーサルを終え、アーイシャがスタジオ内の鏡の前で嘆息する。ああ、ようやく本調子を取り戻してきたな。と背中から声をかけると、本当か。と頬を
ああ、ズラミート、我が友よ。私も一緒だ……死なないでくれ。アーイシャの両手が背中に添えられる、のがわかる。ふふっ、思えば……母も父も、こんなことは滅多にしてくれなかったな。と微笑む姿を見おろし、そうか……実は、私もだ。と言いながら、掻き抱く両腕にもう一度力を込める。ああ、このふたつ身が、別箇に縫製された肉たちが、同じ拍を打つこともなく、どうしようもなく異なり続けるままに在ることができたとしたら。それは奇跡だろうか。それとも平々凡々な俗事にすぎないか。どうでもよい、なんでもよい。この願いを、祈りを、愛と呼ぶことができるなら。私はもはや灼かれてもいい。誰に咎められようと、構わない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます