29 下僕の大道
高と低にふたつの糸。片方はきぃんと鳴り、もう片方はずぅんと呻く。そのふたつを
アーイシャ、気付いた。シーラ。シーラか、私を呼んでいたのは。ここは……どこだろう。見憶えのない
よっ。と、小さく左手を挙げて微笑んでいる。
なんでこんなこと、とは、訊かないよ。と、
ズラミート。寝巻姿にサンダルのまま、こちらへ向かって一直線に歩み寄ってくる。その後方から、あれはゾフィア・クロソウスカか。二階から追ってきたのだろうか、と分別がつきかねるうちに、シーラと
言い訳は聞かない。眉間に皺を集めながら、低い声で語り始める。お前もするつもりはないだろう。私だって聞くつもりもない。お前が今夜、ここでしたことが、一体どれほど馬鹿げたことか、今更噛んで含めるように教えてやる必要もない。お前がそこまで愚かだとは、さすがに私も思いたくない。怜悧な
その地獄堕ちに私も付き合おう。
剣幕を諫めようとしていたゾフィアも、周りを取り囲んでいた
右と左の頬を、交互に拭い、目の前で揺らぐ
私の片手を握ったまま、我が友は泣き崩れてしまう。のを見て、ゾフィアは屈み込んでその背中を撫でている。と、救護室入口からぞろぞろと人影が。
それでも三週間は痛むから覚悟しなよ、胃壁の粘膜細胞がごっそりやられてるはずだから。という
やはり、呼吸がついてこない。数日前よりもさらに、挙動に伴う肺腑の制御が不如意になっている。しかし。もう一度だ、我が友。この程度の失敗が、一体なんだというのか。昨夜しでかしたあの過誤に比べれば、これくらいのこと。ああ、我が友。背中を合わせ、友の左掌に右掌を絡ませる。頭蓋で瞬いているのであろう神経と、
おつかれ。と、リハーサルスタジオを出ると
君も忙しいのだろう。と一言投げると、えっ? と
なんだろう、この問いは。問うたのは私だ、しかし、なぜこんなことを訊くのだろう。
実は……アーイシャ、似てるんだよね。わたしが、昔……付き合ってた人に。
沈黙。が、ぶふっ、と噴き出す音で破られる。えっなに、ごめ、やっぱ言わないほうがよかった? へんに
全能なるアッラーの御名において。アッラーは
この地で、
あっ。楽屋のドアを開くと、そこには。えへへー、来ちゃった。バックステージパスをつまみながら笑う姿。
Subhan Allah.
慈悲深く慈愛遍きアッラーよ、私はなんと愚かなのでしょうか。今、ようやく解りました。なぜあなたが私をお
務めを果たします。
プログラムの大トリだったとはいえ、ここまでの叫喚があるだろうか。数十分間の演目を支配していた、永遠のような沈黙。が、拍手として、喝采として、いまステージ上で並び立っているふたりの舞踏家への称賛として沸きかえっていた。
本当に人間なのかな。呆けて呟く
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